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James Tillman『Modern Desires』
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アプレミディ・レコーズの単体アーティスト作品第22弾として、2016年の前作『Silk Noise Reflex』がボーナス・トラック付きでアプレミディ・レコーズから日本盤CD化され“新しいフォーキー・ソウルの決定版”と大好評だったNYの黒人シンガー・ソングライター、ジェイムス・ティルマンの最新アルバム『Modern Desires』が3/19にリリースされます(今回も未発表4曲を独占ボーナス収録して世界初CD化!)。マーヴィン・ゲイ~シャーデー〜マックスウェル〜モーゼス・サムニーらと並び称される、エレガントでハイブリッドなインディー・ソウルの傑作で、ジャズを中心とするボーダーレスな感性で構築される繊細な音響空間とシルキーな沁みる歌声が素晴らしい一枚です(伝説のラテン・パーカッション奏者リカルド・マレーロも参加!)。アプレミディ・セレソンでお買い上げの方にはもれなく(通販含む)、橋本徹・選曲のスペシャルCD-R『Best Of Suburbia Radio Vol.28』をプレゼント致しますので、お見逃しなく!
James Tillman『Modern Desires』ライナー(渡辺亨)
この『Modern Desires』には、「Night Fire」「5AM」「Night Moves」といった曲が並んでいる。どれも曲名は、“夜”や“明け方”と繋がっている。また、「Wake Up」は人生において惰眠を貪っている者に対して覚醒を促している曲なので、間接的に“夜”と繋がっていると言っていいだろう。これらの事実からして、『Modern Desires』は、深い夜の時間帯のムードを伝える作品だと想像できるが、果たしてその通りのアルバムである。ジェイムス・ティルマンのヴォーカルは、夜を溶かすほどにソウルフルで、なおかつ夜の中に溶け込んでいくほどメロウ。しかも『Silk Noise Reflex』に比べると、ファルセット・ヴォイスはより艶やか、サウンドの感触はより滑らかになっている。「Night Fire」の歌詞に出てくる“Marvin”は、マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)に違いない。もともとティルマンは、彼を敬愛しているからだ。本作を、そのマーヴィン・ゲイが70年代にリリースした一連のソロ・アルバムと関連付けることはわりと容易にできるが、ティルマンは本作のプレス・リリースに以下のコメントを寄せている。
「『Modern Desires』を作るにあたって、シャーデーやフィル・コリンズのようなアーティストからインスピレイションを得た。彼らの曲はムードを巧みに表現し、ありふれた物事をたいへん象徴的に描く……喜びや悲しみを表現する方法を、僕に教えてくれるんだ」
このプレス・リリースのコメントについては後ほど触れることにして、まず本作の概要から触れることにしよう。
ジェイムス・ティルマンのファースト・アルバムに、デビューEP『Shangri La EP』(2014年)の収録曲をボーナス・トラックとして追加した『Silk Noise Reflex』。この『Modern Desires』は、日本で2016年12月にリリースされた『Silk Noise Reflex』以来となるセカンド・アルバムだ。本作は、2020年10月にデジタルで先行リリースされた同名アルバムの8曲に、デモやライヴ音源などボーナス・トラックを4曲追加した日本独自編集盤。なお、『Modern Desires』は配信に加えて、ヴァイナルでもリリースされているが、CD化は今のところ日本のみである。
『Silk Noise Reflex』から現在に至るまでのジェイムス・ティルマンの活動を簡単に振り返っておくと、まず前作の収録曲「Casual Encounters」が、Netflixで2017年4月からスタートした『親愛なる白人様(Dear White People )』のサウンドトラックに採用されたことを挙げよう。『親愛なる白人様』は、アフリカン・アメリカンの学生たちが米国の名門大学で直面している人種差別をはじめとする現実を戯画的に描いたコメディー・ドラマだ。2021年3月初旬の時点における、ティルマンのもっとも直近の音源は、今年の1月22日にデジタル・リリースされたフラワー・チャイルド(Flwr Chyld)との共同名義によるEP『After Hours』だ。このEPには、2020年9月22日にニューヨークのマンハッタンで行われたライヴの音源が収録されている。全3曲はすべてティルマンがヴォーカル、フラワー・チャイルドがフェンダー・ローズと二人きりで披露されている。『After Hours』というタイトルから想像できる通りの、本作に相通じるムードを持つEPだ。また、ティルマンのゲスト・ヴォーカリストとしての活動としては、プレフューズ・73の『Sacrifices』(2018年)への参加が挙げられる。ティルマンは、このアルバムに収録されている「Silver & Gold」という曲に、メロウなヴォーカルで貢献している。
話題を、先に紹介したプレス・リリースに戻す。ここで、あえて確認しておくと、シャーデーは個人のアーティスト名ではなく、1984年にデビューしたイギリスの4人組のことを指す。もちろん、シャーデーの看板は、ナイジェリア人の父とイギリス人の母の間に生まれた女性ヴォーカリストのシャーデー・アデュである。ただし、音楽的主導権は彼女ひとりが握っているわけではなく、音作りの面では、他の3人の役割も大きい。中でもキーマンは、スチュワート・マシューマン。ギターやサックス、キーボード、プログラミングなどを担当しているメンバーだ。
シャーデー・アデュを除く、シャーデーの3人は、スウィートバックとして、1996年に『Sweetback』、2004年に『Stage 2』をリリースしている。この2枚のアルバムのうち、前者に「Softly Softly」という自作曲を提供し、なおかつ歌っているのは、マックスウェルだ。スチュワート・マシューマンは、マックスウェルのデビュー・アルバム『Maxwell's Urban Hang Suite』(1996年)以来、彼のレコーディングにプロデューサーやアレンジャー、ソングライター、楽器演奏者、ミキシング・エンジニア等で関わり、大きな信頼を得ている。前記のティルマンのコメント中の“シャーデー”には、こうしたマシューマンとマックスウェルの繋がりも含まれている、と個人的には解釈したい。
片やフィル・コリンズというと、ダイアナ・ロス&ザ・シュプリームスの曲のカヴァーである「You Can't Hurry Love(恋はあせらず)」(1982年)やアース・ウィンド&ファイアーのフィリップ・ベイリーとのデュエットによる「Easy Lover」(1984年)といったアップテンポのヒット曲を、すぐに思い浮かべる人が多いかもしれない。が、その一方で、コリンズは、1984年にバラードの「Against All Odds (Take A Look At Me Now)」(邦題は「見つめて欲しい」)を世界的に大ヒットさせている。また、80年代前半の彼の曲の中には、「If Leaving Me Is Easy」や「Why Can't It Wait 'Til The Morning」のようなピアノ主体の内省的あるいは叙情的なバラードが少なからずある。ティルマンのコメント中の“フィル・コリンズ”は、こうした事実を思い浮かべさせる。あえて書き添えておくと、シャーデーも、フィル・コリンズも、マーヴィン・ゲイに大きな影響を受けている。
この『Modern Desires』は、基本的にジェイムス・ティルマンと、彼の周辺のミュージシャンによって作られている。ただ、リカルド・マレーロがパーカッションで参加しているのは、特筆すべきことだ。おそらくクラブ・シーンに親しんできた人たちの中には、リカルド・マレーロのことを、2009年に英国のJazzmanからリイシューされたリカルド・マレーロ&ザ・グループの『A Taste』(1976年)や、ロバータ・フラックの「Feel Like Makin' Love」のカヴァーが収録されている同名義の『Time』(1977年)を通じて知ったという人が多いだろう。リカルド・マレーロは、主にニューヨークのサルサ・シーンで活動してきたミュージシャン。パーカッションやヴィブラフォン、キーボードなどを演奏する。楽器演奏者としては、サルサ歌手のエクトル・ラボーやルベーン・ブラデスの80年代のアルバムにも参加している。
ジェイムス・ティルマンは、マーヴィン・ゲイと同じく、ワシントンD.C.生まれのアフリカン・アメリカン。ただし、前記の『Shangri La EP』は、ブラジルのサンパウロ録音だ。ティルマンが、ニューヨークのニュー・スクール大学ジャズ・ヴォーカルのクラスで学んでいたときに知り合ったブラジル人ギタリストが、ティルマンのデモ・テープを母国でプロデューサーとして活動している友人に聴かせたことがきっかけだったそうだ。また、ティルマンは、ニュー・スクール大学時代に他のラテン系ミュージシャンと交流し、人脈を築き上げたという。これらの過去の事実と、本作でのリカルド・マレーロの参加を重ね合わせると、“ラテン”というキーワードが浮上してくる。
70年代のマーヴィン・ゲイのアルバムにも、ラテン・パーカッションが用いられていた。しかし、僕としては、それ以上に前述したシャーデーとマックスウェルの繋がりを、この『Modern Desires』に重ね合わせたくなる。なぜならマックスウェルのハイブリッドな現代的アーバン・ソウルを紐解くキーワードは、“シャーデー”であり、“ラテン”であるから。マックスウェルは、ニューヨークのブルックリン生まれ。ブルックリンは白人のアメリカ人とアフリカン・アメリカンに加えて、プエルトリコやドミニカ共和国出身のヒスパニック系住民が多く住んでいる地域だ。マックスウェルも、ハイチ人とプエルトリコ人の血を引いている。だからこそ僕は、本作にシャーデーとマックスウェルの繋がりを見出した。
そして最後に改めて強調するが、この『Modern Desires』は、真夜中から明け方までの時間帯のムードを伝えるアルバム。より詳しく言うと、光と闇の微妙なバランスで成り立っていて、夜の暗闇の中にも光が見出せる。その意味でも、個人的なベスト・トラックは、わずかに光が差している「5AM」だ。この痛切なラヴ・ソングにおけるジェイムス・ティルマンの歌は、教会における“祈り”のようだし、電子的な音の粒子でも組み立てられているという点を含めて、マーヴィン・ゲイ以上に同時代のアーティストであるモーゼス・サムニーとの親近性を強く感じる。“5AM / I'm still awake for you”──このフレーズが、当分頭から離れそうにない。