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Tom Gallo『Tell Me The Ghost』
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アプレミディ・レコーズの単体アーティスト作品第15弾として、この春に配信限定で発表された直後にモーゼス・サムニーが絶賛し、早くもベン・ワット〜ホセ・ゴンザレス〜デヴェンドラ・バンハート〜スフィアン・スティーヴンス〜ジャスティン・ヴァーノン(ボン・イヴェール)〜チガナ・サンタナ好き必聴と様々なメディアで高い評価を得ている、米国はニューイングランド出身の男性シンガー・ソングライター、トム・ギャロのファースト・アルバム『Tell Me The Ghost』が6/15にリリースされます(もちろん世界初CD化!)。古びたアコースティック・ギターを抱え独り、質素なマイクロフォンで吹き込まれたモノクロームのファンタジー。その素晴らしさにミックスを買って出たのは、あのチャド・ブレイク(トム・ウェイツ〜U2〜スザンヌ・ヴェガ〜エルヴィス・コステロなどを手がけ、ラテン・プレイボーイズとして活躍するエンジニア/プロデューサー)。現実と夢のあわいを揺らめく音像と、淡々と哀しみさえ甘美にささやかれるような歌声が、どこまでも優しく深い陰影に富んだ正真正銘の名作です。アプレミディ・セレソンでお買い上げの方にはもれなく(通販含む)、橋本徹・選曲のスペシャルCD-R『Best Of Suburbia Radio Vol.10』をプレゼント致しますので、お見逃しなく!
Tom Gallo『Tell Me The Ghost』ライナー(渡辺亨)
まだ5月なのに真夏のように暑いある日の午後、タイトル曲の「Tell Me The Ghost」を聴いていたら、いつの間にかトム・ギャロがアフリカの楽器のコラかムビラ(親指ピアノ)の伴奏で歌っているように思えてきた。最初はガット・ギターだったはずの音色が、コラのようにもムビラのようにも聞こえてきたのだ。というのも、「Tell Me The Ghost」はミニマリズムに基づいていて、繰り返しによる脈拍のようなリズムとリフが特徴だから。この曲だけでなく、「Only In」や「Windflower Blues」、「Never Ending」などにも、同じような音楽的特徴が見出せる。よってアフリカ音楽に通じる“ミニマリズム”と“反復”は、本作の重要なキーワードとまず指摘しておきたい。
トム・ギャロは、アメリカ合衆国北東部のニューイングランド州生まれ。歌、作詞作曲、演奏、録音、ミックス、プロデュースのすべてを自身でこなす男性シンガー・ソングライターである。ギャロを、米国のシンガー・ソングライターの系譜で捉えるなら、“スフィアン・スティーヴンスやジャスティン・ヴァーノン(ボン・イヴェール)以降”の一人と言えるだろう。だが、前述した音楽的特徴を重視するなら、比較対象として思い浮かぶのは、アルゼンチン人の両親を持ち、最新作にあたる『Vestiges & Claws』(2015年)では西アフリカの“砂漠のブルース”にインスパイアされた曲を披露したホセ・ゴンザレス、ヴェネズエラで育ち、カエターノ・ヴェローゾを敬愛している米国人のデヴェンドラ・バンハート、バイーア出身のアフロ・ブラジル系シンガー・ソングライターであるチガナ・サンタナなど。さらに挙げると、ベルギーのフランス語圏に拠点を置くル・ソール・レーベル所属のアントワーヌ・ロワイエやオーレリアン・メルルといった、アフリカや南米、アフリカ諸国からの移民がたくさん住んでいる仏語圏の地域と何らかの接点を持つシンガー・ソングライターたちが思い浮かぶ。その一方で、ギャロの音楽は、ジェイムス・ブレイクのようなエレクトロニカ系のシンガー・ソングライターとの親和性も高い。
高校時代のトム・ギャロは、4チャンネルのテープ・レコーダーでベッドルーム・レコーディングに励みつつ、アマチュアのガレージ・バンドでベースを演奏する日々を送っていた。大学進学後も、ホーム・レコーディングとバンド活動を併行していたギャロは、どういういきさつだったのか、また、どんな形だったのか分からないが、カニエ・ウェストとスポークン・ワードのアーティストであるマリク・ヨセフのコラボレイションによるレコーディング・プロジェクトに関わることになる。カニエ・ウェストは、『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』(2010年)でボン・イヴェールを起用しているので、さもありなんという気がするが、しかし、このプロジェクトへの参加は、結局のところ幻に終わった。ギャロが関わったトラック自体がお蔵入りになったのか、それとも著作権上のトラブルなのか分からないが、ともかく彼はこの処遇に大きな失望を味わったようで、音楽活動からいったん身を引いた。
しかしその後、ギャロは、レコーディング機材を手に入れたことをきっかけに音楽作りに対する情熱を取り戻す。そして2013年に初めてのレコーディング作品にあたる6曲入りのEP『Continuation Day』を、レコード・コレクション・レーベルを通じてリリースした。『Continuation Day』のプロデュースとミックスを手がけたのは、アレックス・ソマーズ。アイスランドのレイキャヴィクを拠点に活動し、シガー・ロスや同バンドのフロントマンであるヨンシーなどのアルバムを手がけてきたアメリカ人プロデューサー兼ミュージシャンである。ミュージシャンとしては、ヨンシー&アレックス名義の『Riceboy Sleeps』(2009年)が代表作と言っていいだろう。
『Continuation Day』のリリースからしばらく時間が経ったものの、ギャロは音楽関係者に才能を認められ、マリブ・レーベル(フィオナ・アップルやジョン・フルシアンテが所属)とレコーディング・アーティストとしての契約を交わし、音楽出版の権利をワープ(ブライアン・イーノ、エイフェックス・ツイン、グリズリー・ベアなどが所属)に委ねることになった。こうしたプロセスを経て生まれたこのファースト・アルバム『Tell Me The Ghost』は、ギャロにとって本格的なデビュー作にあたる。米国では、3月30日にリリース。この日本盤は、今のところ世界唯一のフィジカルだ。
本作は、トム・ギャロがほとんどすべての作業を一人で手がけたホーム・レコーディング作品。ただし、ミックスは、チャド・ブレイクによってスタジオで行われている。チャドは、シェリル・クロウの『The Globe Sessions』(1998年)、スザンヌ・ヴェガの『Beauty & Crime』(2007年)、ブラック・キーズの『Brothers』(2010年)でグラミー賞の最優秀エンジニアード・アルバム賞を計3回受賞しているレコーディング兼ミキシング・エンジニア。前記のアルバム以外にも、トム・ウェイツやボニー・レイット、ピーター・ゲイブリエル、エルヴィス・コステロ、U2など名だたるロック・アーティストのアルバムを手がけてきた。チャドは、このような実績を持つ一流のエンジニアだが、よくいるタイプの職人的な裏方ではなく、先鋭的な音作りを誇るエンジニアであり、プロデューサーであり、しかもミュージシャンでもある。
先鋭的なエンジニア/プロデューサー兼ミュージシャンとしてのチャド・ブレイクの姿をもっとも伝える作品は、ラテン・プレイボーイズの『Latin Playboys』(1994年)と『Dose』(1999年)である。ラテン・プレイボーイズは、ロス・ロボスのデヴィッド・イダルゴとルイ・ペレス、プロデューサーでキーボード奏者のミッチェル・フルーム、そしてチャドによるレコーディング・プロジェクト。前記の2枚は、エキゾティックな音楽風味と摩訶不思議な音響がリスナーを時空を超えた別世界に誘ってくれる“エクスペリメンタルかつオルタナティヴ”な傑作だ。
ここで興味深い事実を指摘しておくと、ラテン・プレイボーイズは、デヴィッド・イダルゴが4チャンネルのカセット・テープ・レコーダーで録音していたデモ音源がきっかけとなって誕生した。ラテン・プレイボーイズとトム・ギャロの音楽性はかなり異なるが、ホーム・レコーディングという点でつながっている。おそらくこの点がひとつの理由だと僕は思うが、ギャロはもともとチャド・ブレイクの大ファンで、この『Tell Me The Ghost』のテープを自分の意志でチャドのマネジャーに送ったという。するとチャドはギャロの音楽をいたく気に入り、依頼を快諾してくれたそうだ。なお、チャドが単独でプロデュースと録音、ミックスを手がけたアルバムのうち、ラテン・プレイボーイズに通じるエクスペリメンタルかつオルタナティヴなアルバムとして、ソウル・コフィングの『Ruby Vloom』(1994年)を挙げておこう。
トム・ギャロは、ほとんどの曲でナイロン弦を張ったガット・ギターを爪弾きながら、囁くように歌っている。また、収録曲の中には、一晩で書き上げ、数時間で録音した曲もあるという。このようにギャロの音楽は、生ギターの弾き語りを基調としたもので、しかも曲の構造自体はシンプルだ。ただし、高校生の頃からホーム・レコーディングに情熱を燃やしていただけあって、ヴォーカルやギターが巧みに多重録音されていたり、本来の楽器の音色が加工されていたりと、音作りにおいては随所に工夫が凝らされている。だからガット・ギターが他の撥弦楽器、それこそコラやウクレレのように聞こえる曲もある。また、ギャロ自身の歌声のサンプリングによってキーボードのようなサウンドが組み立てられている曲もあれば、足踏みの音をパーカッションとしている曲もある。ただし、根本的には、生の歌と楽器のホーム・レコーディング。だからマイキングをはじめ、最初の段階から録音には最大限の配慮が払われていることは、言うまでもない。
この『Tell Me The Ghost』は、一人多重録音によるホーム・レコーディング作品とは到底思えない。とはいえ、大半の曲はミニマリズムに基づいているので、音数は少なめで、ミキシングの音量レヴェルも控えめ。とてもつつましい音楽と言える。それだけに、ギャロの“愛と喪失の歌”の繊細さやメランコリーが際立っていて、彼の音楽の本質的な魅力がくっきり伝わってくる。
つつましいといえば、ギャロが使用しているマイクは中古のチープなもので、レコーディング機材は質素だという。しかし、初期のブルースの音源を聴いていると、その中に封じ込められている霊妙なフィーリングに思わず身震いすることがあるが、同じようにこのアルバムのサウンドはいたって生々しく、“気配”すらが録音されていると感じる。ちなみに「Tell Me The Ghost」のヴィデオ・クリップは、ブルースマンのレッドベリーがかつて住んでいた家で撮影されたという。
トム・ギャロは、すでに音楽業界内にシンパを生んでいる。ベックやナイン・インチ・ネイルズなどとの共演歴を誇るベーシスト兼プロデューサーのジャスティン・メルダル=ジョンセン、エイミー・マンやアンドリュー・バードなどを手がけてきたプロデューサーのトニー・バーグ、昨年デビュー・アルバム『Aromanticism』をリリースしたモーゼス・サムニーなどだ。モーゼスはカリフォルニア州出身のアフリカン・アメリカンのシンガー・ソングライターだが、とりわけ繊細さという点においてギャロと音楽的につながっているし、二人は友人の関係でもある。
そのモーゼス・サムニーは、今年3月に行われた第90回アカデミー賞授賞式で、スフィアン・スティーヴンスが映画『君の名前で僕を呼んで』のために書き下ろした「Mystery Of Love」をスフィアンやクリス・シーリー(パンチ・ブラザーズ)、セイント・ヴィンセント等と一緒に演奏した。スフィアンはジャスティン・ヴァーノン、ジャスティンはジェイムス・ブレイクとつながっているので、こうした人脈からしても、ギャロは、彼らと並べて語られるべきアーティストと言える。シンガー・ソングライターの伝統を遡れば、ギャロは、生ギターの弾き語りというスタイルでありながら、ギターにピックアップを付け、反復するディレイの音を使ってループのようなサウンドを作り上げたジョン・マーティンの流れを汲んでいる、と言ってもいいだろう。しかし、それでいてギャロは、まぎれもないゼロ年代以降の、すなわち今の時代を呼吸しているシンガー・ソングライターだ。