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V.A.『Ultimate Free Soul 90s』
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旧譜カタログのコンピレイションとしては近年では稀に見る大ヒットを記録した『Ultimate Free Soul Collection』の兄弟編として待ちに待たれていた、待望のポップ・ミュージック〜クラブ・ミュージックの黄金期1990年代編『Ultimate Free Soul 90s』がいよいよ3/2にリリースされます。クール&グルーヴィーなUKソウル〜クラブ・ジャズ、ジャジー&メロウなヒップホップにニュー・クラシック・ソウル、ラヴリーに胸を疼かせるR&B……とびきりのポップ・チューンから高揚感あふれるパーティー・ナンバー、甘く切ないメロウ・グルーヴまで、懐かしくも輝かしい至上のエヴァーグリーン・ソングが4時間以上にわたってぎっしりと詰まった至福のベスト・オブ・ベスト3枚組で¥2,750(税抜)のナイス・プライス。アプレミディ・セレソンでお買い上げの方にはもれなく(通販含む)、橋本徹・選曲のスペシャルCD-R『More Free Soul 90s』(3枚組)をプレゼント致しますので、お見逃しなく!
『Ultimate Free Soul 90s』ライナー(橋本徹)
『Ultimate Free Soul 90s』のリリースに寄せて
Free Soul 20周年を記念して2014年にUNIVERSALからリリースされ大きなヒットを記録した3枚組コンピレイション『Ultimate Free Soul Collection』。好評を受けてその後もMotown編やBlue Note編、さらにはWARNERからの『Forever Free Soul Collection』といった多くのスピンオフ企画が生まれた同シリーズに、僕自身も熱望していた、ポップ・ミュージック〜クラブ・ミュージックの黄金期と言えるだろう1990年代の珠玉の名作集『Ultimate Free Soul 90s』が遂に加わる。収録希望曲のアプルーヴァルが揃うのに時間がかかり、制作期間に半年近くを要したこともあり、感激もひとしお。ひたすら密度の濃いその内容に、心の昂りを抑えることができない。
折しも現在進行形の音楽シーンでも、90年代からの様々な影響が脚光を浴びている絶好のタイミング。クール&グルーヴィーなUKソウル〜クラブ・ジャズ、ジャジー&メロウなヒップホップにニュー・クラシック・ソウル、ラヴリーに胸を疼かせるR&B……懐かしくも今なお輝かしい至上のエヴァーグリーン・ソングが、名高い至宝から知る人ぞ知る秘宝まで、4時間以上にわたってぎっしりと詰まっている。
これほどまでに強力な選曲が実現したのは、世界最高峰の豊富なカタログを持つUNIVERSAL音源の充実はもちろんのこと、SONYとWARNERのライセンス協力に拠るところも大きい。メジャーのレコード会社同士の楽曲の貸し借りは、通常3曲までというのが慣例になっているが、3枚組というフォーマットを理由に何と9曲ずつをお借りできたことに、心から深く感謝したい。
セレクションの過程についても簡単に触れよう。当初は頭の中で思いだせるくらい印象の強い曲だけで構成しようとも思ったが、歳を重ね記憶力に自信がなくなっていることもあり、念のためまず、1996年2月に僕が発行した「Suburbia Suite; Suburban Classics For Mid-90s Modern D.J.」の90年代12インチ・ガイドを見直した。そして1995年4月にリリースされた『Free Soul 90s』シリーズ6枚の選曲リストも(そう、『Free Soul 90s』には言わば“元祖”があって、もう20年以上前に、サンプリングやカヴァーを通して70年代ソウル周辺のグルーヴィー&メロウな音楽と90年代のサウンドが密接に結びついていることを示す意図もこめて、SONY/BMG/EMIで2枚ずつをコンパイルしていたのだ)。この時点までで僕は、あまりにも収録したい素晴らしい曲の多さに、今回5枚組にしてもらわなかったことを後悔した。SONYとBMGは今ではひとつの会社になっているので、18曲ライセンスしてもらえたらな、などと身勝手なことさえ思ってしまったほどだ。
そんな紆余曲折を経てできあがったのが、現在の日本のメジャー3社だけでも150曲におよぶ、垂涎の収録候補曲リスト。これだけでも90年代を知るための後世の貴重な資料となるだろうから、僕のライナーはその曲目を列挙することに大半を費やしたいと思う。晴れて『Ultimate Free Soul 90s』に収めることができた作品については、waltzanovaによる丁寧な全曲解説をじっくりとお楽しみいただきたい。
それでは、まずはUNIVERSAL音源から。ジャネット・ジャクソン/ビョーク/ベックなどは、最初から難易度が高いことが予想されていた。ディアンジェロとエリカ・バドゥのリミックスは本国でブートレグNGと判断された。ソウル・Ⅱ・ソウルは1989年作だが、ここから90年代が始まったという持論があり、当初リストに入れていた。メイン・ソースやO.C.を始めとするWild Pitchレーベルのヒップホップは、1995年の『Free Soul 90s』ではEMI(つまり今ならUNIVERSAL)だったが、現在は権利が失われているようだ。
Arrested Development / Mr. Wendal (Radio Edit)
Beastie Boys / Sure Shot
Beck / Loser
Beck / Where It's At
Bjork / Joga
Bjork / Venus As A Boy (7" Dream Mix)
Black Moon / I Got Cha Opin (Da Beatminerz Remix)
Black Sheep / Flavor Of The Month
Caron Wheeler / Livin' In The Light
Cassandra Wilson / A Little Warm Death
Cleveland Watkiss / Be Thankful For What You Got
D'Angelo / Brown Sugar (Beatminerz Remix)
D'Angelo / Me And Those Dreamin' Eyes Of Mine (Jay Dee Remix)
Dred Scott feat. Adriana Evans / Check The Vibe
Elliott Smith / Waltz #2 (XO)
Erykah Badu / Apple Tree (2B3 Summer Vibes Remix)
Erykah Badu / On & On (Summer In Sydney Remix)
Everything But The Girl / Before Today
Fine Young Cannibals feat. N. Bowie / I'm Not Satisfied (New York Rap Version - Prince Paul Remix)
4 Hero / Star Chasers
Galliano / Prince Of Peace
Gang Starr / Mass Appeal
Group Home / Suspended In Time
Janet Jackson / That's The Way Love Goes
Janet Jackson feat. Q-Tip & Joni Mitchell / Got 'Til It's Gone (Mellow Mix)
Loose Ends / Love's Got Me
Luscious Jackson / Angel
Main Source / Fakin' The Funk (Remix)
Main Source / Looking At The Front Door
Mos Def / Umi Says
N-Tyce / Walk A Little Closer (Dice Sound Mix)
Nice & Smooth / Sometimes I Rhyme Slow
Nuyorican Soul / I Am The Black Gold Of The Sun (4 Hero Remix)
O.C. / Born 2 Live
Portishead / It Could Be Sweet
Roni Size Reprazent / Brown Paper Bag (Roni Size Full Vocal Mix)
Show And A.G. / Next Level
Slick Rick feat. Doug E. Fresh / Sittin' In My Car
Slum Village / Fall In Love
Soul Ⅱ Soul / Keep On Movin'
Soul Ⅱ Soul feat. Caron Wheeler / Back To Life
Spearhead / Of Course You Can
Speech / Like Marvin Gaye Said (What's Going On)
Swing Out Sister / Am I The Same Girl
UMC's / Blue Cheese (U-N-I-Verse-All)
Vanessa Williams feat. Black Sheep / Work To Do (Super Dope Remix)
Zhane / Groove Thang
続いてはSONYの音源を。BMGが一緒になったこともあり、本当に泣く泣く収録を断念した名曲ばかりが並ぶ。ローリン・ヒルとマックスウェルはハードルが高いと聞いていたが、いつかあらためてSONY編も作らせていただけたら、と願わずにいられない。1995年の『Free Soul 90s』シリーズで聴ける名作も多いから、ぜひチェックしてみてほしい。90年代後半の作品では特に、『Love Jones』のサントラ盤を、今も愛聴している。
A Tribe Called Quest / Award Tour
A Tribe Called Quest / Bonita Applebum (Hootie Mix)
Aaliyah / At Your Best (You Are Love)
Adriana Evans / Reality (The Attica Blues Remix)
Alison LImerick / Make It On My Own
Babyface / When Can I See You Again
Common / Resurrection
Common feat. Lauryn Hill / Retrospect For Life
Curiosity / Hang On In There Baby (After Hours Mix)
Daryl Hall / Stop Loving Me, Stop Loving You ("Heart To Heart" Vocal Mix)
Dionne Farris / Hopeless
G. Love & Special Sauce / Blues Music (Fast)
Gota & The Heart Of Gold feat. Carroll Thompson / Someday (Fuzz Mix)
Groove Theory / Tell Me
Hi-Five / I Like The Way (Street Mix)
Jamiroquai / Space Cowboy
Kool G Rap feat. Nas / Fast Life
Lauryn Hill / Can't Take My Eyes Off You
Lil' Louis & The World / Dancing In My Sleep
Lisa Stansfield / You Can't Deny It
Maxwell / This Woman's Work (Live)
Maxwell / Til The Cops Come Knockin' Pt.01-Pt.02
Misty Oldland / Got Me A Feeling
Mobb Deep / Temperature's Rising
Monica / Before You Walk Out Of My Life
Nas / One Love
Refugee Camp All Stars feat. Lauryn Hill / The Sweetest Thing
Sade / Love Is Stronger Than Pride (Mad Professor Remix)
Sha'dasious / U Kant Play Me (Vox)
Souled Out / In My Life (7" Remix)
Souls Of Mischief / 93 'Til Infinity
SWV feat. Wu-Tang Clan / Anything (Old Skool Radio Version)
Sydney Youngblood / Anything (Classic Frankie Mix)
Tashan / I Want You
The Beatnuts / Props Over Here
The Chimes / Heaven (Summer Breeze Mix)
TLC / Diggin' On You
Yo Yo Honey / Get It On (The Lovers Mix)
Zhane / Hey Mr. D.J.
そしてWARNERの音源。契約の推移のタイミング上、無念にも収録がかなわなかったデ・ラ・ソウルを除いては、比較的順調にアプルーヴァルが進んだ。もちろんご覧のように、捨てがたい傑作は他にも数多くあるのだけれど。
Brand Nubian / Word Is Bond
De La Soul / A Roller Skating Jam Named "Saturdays"
De La Soul / Eye Know (The Know It All Mix)
Deee-Lite / Groove Is In The Heart
Digital Underground / Packet Man (Worth A Packet Mix)
En Vogue / Runaway Love (E.P. Version)
Ephraim Lewis / Drowning In Your Eyes
Faith Evans / Fallin' In Love
Jade / Don't Walk Away
Jazzmatazz / No Time To Play
Sounds Of Blackness / I Believe
Stetsasonic / The Hip Hop Band
Total / Kissin' You
最後に、マイナー・レーベルの音源でも、あわよくばと使用申請していたものを。ファーサイドの2曲を筆頭に、シャーデー「Kiss Of Life」をサンプリングしたMF・ドゥームや、かつて「Free Soul Underground」にライヴ出演してくれた思い出が忘れられないカメール・ハインズなども、できれば収録したかった。Acid Jazzレーベルは独自のFree Soulコンピが存在するので(Talkin’ Loudもそうだ)、そちらをぜひ聴いてみてほしい。
Camelle Hinds / Sausalito Calling
Jhelisa / Friendly Pressure
Martine Girault / Revival
MF Doom / Doomsday
Smif-N-Wessun / Nothing Move But The Money
Snowboy feat. Anna Ross / Girl Overboard
Sounds Of Blackness / Try
The Pharcyde / Passin' Me By (Fly As Pie Remix)
The Pharcyde / Runnin’
The Wiseguys / The Real Vibes
Tommy Guerrero / In My Head
280 West / Scattered Dreams (The Rude Awakening Mix)
さて、以上いかがだっただろうか。とびきりのポップ・チューンから高揚感あふれるパーティー・ナンバー、甘く切ないメロウ・グルーヴまで、このコンピレイションに収録した曲と併せて、90年代のきらめき、その充実ぶりを存分に感じられると思う。ポップ・ミュージックとクラブ・ミュージックの共存・融合・蜜月が生んだ黄金時代(ゴールデン・エラ)、複数曲をエントリーしたかったアーティストもたくさんいたが、僕らのDJパーティー「Free Soul Underground」でより多くかけられた曲を優先したことも付け加えておこう。それでも決めかねるときは、CDというメディアにより向いていると判断した曲、より90年代感の強い曲(やはり90年代前半から中盤の作品が有利だ)を、と考えた。Free Soulにとっても最も輝かしいディケイドだったあの頃の光景をよみがえらせながら、至福としか言いようのない贅沢な選曲体験を味わえたことに、心から感謝している。
Ultimate Free Soul 90s[DISC 1](waltzanova)
01. Candy Mountain / Nomad Soul
『Ultimate Free Soul 90s』の栄えある幕開きを飾るのは、ノマド・ソウルが残した唯一のレア・シングル。彼らは、ソウル・Ⅱ・ソウルのトニー・キャンベルや、ビョークやトリッキーとの仕事で知られる才人ハウィー・Bが在籍していたグループ。ヴォーカルを取るダイアン・シャールメインは、52nd・ストリート、アーバン・クッキー・コレクティヴ、さらにはゴールディーとのコラボレイションで活躍したシンガー。「Candy Mountain」は、グラウンド・ビート風のリズムに、爽やかな手触りが心地よい軽快なUKソウル。くるくると変わるコラージュ的な展開も90年代初頭らしいセンスを感じさせる。サンプリング・ループされているのは、スティーヴ・パークスの「Movin' In The Right Direction」。同時期のヤング・ディサイプルズ「Talkin' What I Feel」でも同一の音源が用いられていた。
02. Kiss Of Life / Sade
1984年のデビュー以来、マイ・ペースで孤高の地位を築いてきたグループ、シャーデー。フロントに立つシャーデー・アデュは、エキゾティックでクールなルックスやスタイルも含め、アイコンとしての輝きを放ち続けているし、スチュアート・マシューマンの繊細なサウンド・ディレクションも持ち味だ。彼らがその歴史の中で大きな変化を見せたのが4作目の『Love Deluxe』(1992年)。ブロンズ像のようなシャーデー・アデュの姿が鮮やかなインパクトを与えたジャケットのように、さまざまなものをそぎ落とした究極の愛の形がそこにはあった。トーチ・ソングが多い『Love Deluxe』の中でも、愛し愛されることの歓びを歌い上げた「Kiss Of Life」はとりわけ光彩を放つ一曲。「By Your Side」と並んで女性人気の高いラヴ・ソングであり、名カヴァーも多いスタンダードとしての品格を備えたエヴァーグリーンだ。
03. Still A Friend Of Mine / Incognito
UKソウルの至宝と言うべき名曲が続く。インコグニートは、“ブルーイ”ことジャン・ポール・モーニック率いるジャズ・ファンク・バンド。ライト・オブ・ザ・ワールドのメンバーだった彼は、1980年にインコグニートを名乗り『Jazz Funk』を発表。10年近くの沈黙の後、1991年にジャイルス・ピーターソンのトーキング・ラウドで活動を再開、以降は順調に活動の幅を広げ、現在ではヴェテラン・バンドの風格を漂わせている。同時期に登場したブラン・ニュー・ヘヴィーズと比較すると、ラテンやブラック・コンテンポラリー、AORなどの要素も幅広く取り込んだ、よりクロスオーヴァーな方向を志向しているのが特徴だ。「Still A Friend Of Mine」は、清涼感の香るハートウォーミングなメロウ・ミディアム。長い時間を共有してきた大切な相手に捧げた歌詞にも心を打たれる。1993年の4作目『Positivity』に収録。
04. If I Like It, I Do It / Jamiroquai
アシッド・ジャズ隆盛期に登場したアーティストで、最もオーヴァーグラウンドな認知度を誇り、ポップ・アイコンにまでなったのがジャミロクワイだ。アシッド・ジャズ・レーベルからデビュー後、多くのレコード会社による争奪戦の結果、アルバム8枚分という破格の契約を結んだというのも有名なエピソード。毛皮の帽子を被り、独特のダンスを踊るジェイ・ケイのキャラクター、イロクワイ族にインスパイアされたというグループ名やエコロジー志向など、“立った”キャラクターが人気を博した。「If I Like It, I Do It」は、スティーヴィー・ワンダーやギル・スコット・ヘロン、あるいはコーク・エスコヴェード「I Wouldn't Chane A Thing」などを思わせる自然体のグルーヴィー・チューン。「When You Gonna Learn」や「Too Young To Die」を含むファースト・アルバム『Emergency On Planet Earth』(1992年)に収められていた。PVも話題になった「Virtual Insanity」を含む1996年の3作目『Travelling Without Moving』で世界的に大ブレイク、現在もトップ・アクトとして活動中である。
05. Runaway / Nuyorican Soul feat. India
マスターズ・アット・ワークのルイ・ヴェガとケニー・ゴンザレスが、NY育ちのプエルトリカンという自らのルーツを再確認し、現代のハイブリッド・ミュージックを創造しようという意欲にあふれた試みがニューヨリカン・ソウル。ハーレム・リヴァー・ドライヴで知られるエディー・パルミエリやティト・プエンテ、ロイ・エアーズやジョージ・ベンソン、ジョセリン・ブラウンにヴィンセント・モンタナ・ジュニアなど、錚々たる顔ぶれが集結。伝説的なミュージシャンとの邂逅という意味では、キューバの“ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ”とも共通するものが感じられる。ここにエントリーされたのは、ロレッタ・ハロウェイが歌うオリジナルはサルソウルを代表する名曲にして永遠のダンス・クラシックの「Runaway」。素晴らしい音楽の種はこのように受け継がれ、新たな生命を宿していくというのを目の当たりにする入魂の名リメイクだ。
06. You Are The Universe / Brand New Heavies
アシッド・ジャズ全盛の90年代初頭、その代名詞的グループのひとつだったのがブラン・ニュー・ヘヴィーズ。ジャズ・ファンク~レア・グルーヴを心から愛するその姿勢は大きな人気を集め、日本でもオリジナル・ラヴやワック・ワック・リズム・バンド、ムッシュかまやつなどの作品で交流している。「You Are The Universe」は、1997年にリリースされたBNH流歌ものダンス・ナンバーの最高峰。サビのメロディーがもたらすカタルシスに、フリー・ソウルらしい“こみ上げ感”と解放感を味わうことができる。BNHは、その歴史の中でエンディア・ダヴェンポート、カーリーン・アンダーソン、サイ・スミスといった実力派ヴォーカリストが在籍していたが、この曲でリードを取っているのはサイーダ・ギャレット。彼女はキャリア初期にマイケル・ジャクソン「Man In The Mirror」の作詞や彼とのデュエット/コーラスを担当したことでも知られている。
07. Summer Bunnies (Summer Bunnies Contest Extended Remix) / R. Kelly feat. Aaliyah
90年代から現在に至るまで、変わらずに“愛と性の伝道師”的な立場を貫くトップ・ミュージシャン、R.ケリー。彼が敬愛してやまないアイズレー・ブラザーズは、その立ち位置や存在感という意味で重なる部分が多いが、1994年に彼の秘蔵っ娘と言うべき存在のアリーヤにカヴァーさせた「At Your Best (You Are Love)」や、トライブ・コールド・クエストやコモンなどのアーティストが「Between The Sheets」をはじめとする彼らの楽曲を同時多発的にサンプルしたことで、アイズレーズの再評価が起こった。その動きに橋本徹が反応して編んだのが、今でも名コンピレイションとして知られる『Groovy Isleys』『Mellow Isleys』(共に1995年)である。「Summer Bunnies」は、ほんのりとアーバンな雰囲気も感じさせたオリジナルに対し、ここではフリー・ソウル・クラシックにして名曲中の名曲、スピナーズの印象的な「It's A Shame」のギター・イントロをサンプリング・ループし、サビではアリーヤのコーラスをフィーチャー、夏の高揚感と刹那感を見事に切り取った文句なしのグルーヴィー&メロウ・チューンに変身させている。
08. It Ain't Over 'Til It's Over / Lenny Kravitz
カーティス・メイフィールドを思わせるファルセットで迫る、70年代的なヴィンテージ・サウンドを志向したラヴ・ソング。ストリングスやホーン、キーボード、ギターのサウンドが、ウォームで血の通ったグルーヴを生み出している。レニー・クラヴィッツは、ジョン・レノンやジミ・ヘンドリックス、ボブ・マーリーらレジェンドのスピリットを受け継ごうという姿勢が色濃いアーティスト。クラシックなロックやソウルへの愛情と憧憬をストレートに打ち出したサウンドが新鮮に受け止められ、1991年のセカンド・アルバム『Mama Sad』で大ブレイク、翌年には恋人だったヴァネッサ・パラディのアルバム『Be My Baby』を全面的にプロデュース、こちらも大きな話題を集めた。当時の彼はファッションやゴシップなども含め、音楽という枠を越えた“時の人”だったと言える。
09. There's Nothing Like This / Omar
オマーの名刺代わりの一曲にして、90年代を代表するUKソウル・クラシック。もとは彼の父親のレーベル、コンゴ・ダンスから1990年にリリースされた同名アルバムのタイトル曲で、草の根的に話題を集めることに。翌年にはトーキング・ラウドから若干手を加えられ再発売された。当時21歳とは思えない、スティーヴィー・ワンダーが憑依したかのようなソングライティングとヴォーカルが生み出すスムースネスとメロウネスは、多くのリスナーを虜にした。忘れがたいベース・ライン、ラヴァーズ・ロック的なニュアンスや、遠い夏の日を思い起こさせるような甘やかなフィーリングはエヴァーグリーン。2013年作の『The Man!』では、ピノ・パラディーノをベースに迎え、アコースティックな質感のサウンドでセルフ・リメイクを行っている。
10. Spiritual Love / Urban Species
トーキング・ラウドからデビューしたオルタナティヴ・ヒップホップ的なサウンドを特質にしたグループ、アーバン・スピーシーズ一世一代の名曲。メンバーはミントス、スリム、DJ・レネゲイドの3人。ヒップホップ、レゲエ、ジャズ、フォークなどがナチュラルにブレンドされた音楽性は、90年代前半のロンドンならでは。アーバン・フォークロア的なヴィジュアルもクールだった。1994年にファースト・アルバム『Listen』を発表、そのリード・トラック的存在の「Spiritual Love」は前年にリリースされている。インコグニートでの活躍でも知られるメイザ・リークがソウルフルなヴォーカルを聴かせるサビの展開は感動的だ。フランス人ラッパーのMC・ソラーをフィーチャーし、テリー・キャリアーの「You Goin' Miss Your Candyman」をサンプリングした「Listen」も今なお人気の高い一曲。フォーキーでブルージー、そして何よりもスピリチュアルに迫る。彼らはテリー・キャリアーへの敬愛の念が強く、ミントスのソロ・プロジェクトとなってからリリースされたセカンド『Blanket』収録の「Changing Of The Guard」では念願の共演を果たしている。
11. Lots Of Lovin / Pete Rock & C.L. Smooth
ヒップホップ史上、最重要トラック・メイカーのひとりであるピート・ロック。ソウルやジャズを駆使した彼のソウルフルなサウンド・プロダクションがひとつの頂点に達したのが盟友C.L.スムースとのコラボレイションで、彼らが残した2枚のアルバムはいずれも名盤の誉れ高い。スウィートな名シングル「Lots Of Lovin」は、『Mecca And The Soul Brother』(1992年)にも収録された彼らのクラシック。オハイオ・プレイヤーズ「What's Going On?」のエンディング間近のフレーズを鮮やかにサンプリング・ループしており、最高のヒップホップ・ラヴ・ソングとしてコモンの「The Light」と双璧を成す。こちらも大傑作として名高い1994年のセカンド・アルバム『The Main Ingredient』の翌年に彼らはコンビを解消するが、2010年にはリユニオンを発表、2012年には来日公演を行い、往年のファンを熱狂させた。
12. Cake & Eat It Too (Pound Cake Mix) / Nice & Smooth
ナイス&スムースは、グレッグ・ナイスとスムース・ビーによるラップ・デュオ。彼らの魅力は何と言ってもパーティー感とそのフレンドリーな個性で、ラップのみならずメロディーも歌うそのスタイルで、リスナーの気持ちを笑顔へと導いてくれる。「Cake & Eat It Too」は、それぞれヒートウェイヴとトレイシー・チャップマンをサンプルした「How To Flow」「Sometimes I Rhyme Slow」などと並ぶ彼らの代表曲。特に日本では、渋谷系という枠を超えて90年代を代表する名曲として認知されているスチャダラパー feat. 小沢健二「今夜はブギーバック」の参照元という文脈でも知られる。ベース・ラインをサンプリングしたり、フロウのフレージングを真似たり、ヴァージョン名も“nice vocal”“smooth rap”としたりしているが、彼らがそれだけ惚れこむほど、この楽曲が魅力的だったことの証左だろう。
13. A Free Soul / Gumbo
ガンボはミルウォーキー出身の3人組ヒップホップ・グループで、同郷のスピーチ率いるアレステッド・ディヴェロップメントの弟的な存在。グループ名はアメリカ南部名物の煮込み料理を由来としている。彼らのファースト・シングル「A Free Soul」は、スピーチがプロデュースした休日の午後に散歩しているような感触のピースフルでサニーなヒップホップ。タイトル通り自由なフィーリングを感じられる逸品で、マーリー・マールによるリミックス版ではゲイリー・バーツ「Celestial Blues」が引用されていた。彼らは1993年にアルバム『Dropping Soulful H2O On The Fiber』をリリース、ここでもアレステッド・ディヴェロップメントに似たオーガニックでレイドバックしたサウンドを披露している。
14. Wherever You Go (Femifem Mix) / Sydney Youngblood
テキサス出身のシドニー・ヤングブラッドはヨーロッパで音楽活動を行い、当初はUKのレーベルからデビューしたという経歴の持ち主。「Wherever You Go」はアルバム『Passion, Grace And Serious Bass...』(1991年)に収められているメロウ・チューンだ。ここではヤング・ディサイプルズのフェミ・ウィリアムスがリミックスした“Femifem Mix”を収録。マーヴィン・ゲイ「Mercy Mercy Me」をアダプトしたようなグルーヴィー&メロウなサウンドに仕上げられている。1995年編集の『Free Soul 90s』シリーズにはこの曲に加え、ダリル・ホールの「Stop Loving Me, Stop Loving You」、テイシャーンの「I Want You」というマーヴィン・カヴァーも収められており、70年代マーヴィンの遺伝子がリサイクルされていることを示していた。
15. Right Here (Human Nature Radio Mix) / SWV
90年代に大流行したヒップホップ・ソウルを代表する名ガールズ・グループの最高傑作。マイケル・ジャクソンの「Human Nature」を全面的にサンプリングし、オリジナルとは完全に異なるドリーミーでメロウな表情を描き出している。魔法をかけたリミキサーはテディー・ライリー。自己のグループ、ガイの活動で“ニュー・ジャック・スウィングの帝王”と呼ばれ、ついにはMJの『Dangerous』のプロデュースをも担った彼は、ここで楽曲の魅力を最大限に引き出す手腕を遺憾なく発揮している。80年代的なアーバン感覚が最も自然な形で表れていたMJの楽曲が「Human Nature」であり、現在の80s再評価に伴うMJ的なサウンドはこの曲のヴァリエイションであることを考えると、今こそ聴かれるべき90s楽曲のひとつかもしれない。
16. The Whistle Song (Paul Shapiro Supreme 7" Mix) / Frankie Knuckles
“ハウス・ミュージックの父”が残したビューティフルなトラックは、「Suburbia Suite」的な文脈でも語れるクラブ・ミュージックという意味で重要だ。4つ打ちのハウス・ビートの上で響く口笛には、かつて同誌で紹介されていたブラジリアン・ミュージックや映画音楽~イージー・リスニングと通底するサムシングが潜んでいる。ハウスの歴史的名作でありながら、クラブ・ミュージックというフィールドを超えたトラックを制作したのは、伝説的DJ/プロデューサーであるフランキー・ナックルズ。NYはブルックリン出身の彼は、70年代からシカゴのクラブ、ウェアハウスのレジデントDJとして活躍し、そこでのサウンドはやがて“ハウス・ミュージック”と呼ばれるようになった。80年代後半からはデヴィッド・モラレスとともにデフ・ミックス・プロダクションの一員として精力的に楽曲制作を行うようになり、リミキサーとしてもジャネット・ジャクソンやペット・ショップ・ボーイズなど世界的アーティストの仕事を多く手がけた。残念ながら2014年に59歳の生涯を閉じている。
17. Fairground / Simply Red
シンプリー・レッドはミック・ハックネルを中心としたUKのグループだが、実質的には彼のソロ・プロジェクトと言ってよい側面を持つ。音楽的にはブルー・アイド・ソウル的なエッセンスが特徴で、1991年のアルバム『Stars』が大ヒット、国民的なアクトとなった。「Fairground」は、『Stars』の路線を受け継いだ『Life』(1995年)に収められていた、情感こみ上げるブラジリアン・ハウス色の強いナンバー。全英1位を獲得した彼らの代表曲のひとつだ。反復されるバトゥカーダが身体に訴えかけ、一気に爆発するサビのパートでは心をぐっと鷲づかみにされる。過去の代表曲を再演した『Simplified』(2005年)での、エレクトリック・ピアノの音色を生かしたスロウ・ヴァージョンも味わい深い。個人的にはこの曲が収録されていることが、フリー・ソウルのジャンルや有名無名に捉われない姿勢をとてもよく表していると思う。
18. Carnival / The Cardigans
90年代に流行した“渋谷系”洋楽ポップスというと、カーディガンズのこの曲や「Lovefool」を思い出す人も多いのではないだろうか。スウェーデン出身の彼らは、ヴォーカルのニーナ・パーションのキュートなキャラクターも手伝って、『Life』(1995年)が日本で大ヒット。いわゆる“オリーブ少女”を中心に爆発的な人気を誇った。グループのプロデュースを手がけたトーレ・ヨハンソンは一気に時の人となり、原田知世やカジヒデキなど、“フィリー詣で”ならぬ“マルメ詣で”が行われた。北欧はフレンチとともに、そうした趣味性のキーワードだったとも言えるだろうが、フリー・ソウルの魅力がグルーヴィーでメロウなソウル・ミュージック周辺の音楽、という定義にとどまらず、人の心に訴える何かだとすれば、哀愁メロディーでグルーヴする「Carnival」は、もちろんその条件を満たした琴線に触れるポップ・クラシックだ。
19. Be Thankful For What You've Got / Massive Attack
遠い天国が近づいたような、流麗にして清涼、そこに宿る陶酔感。マッシヴ・アタックは、ワイルド・バンチを前身とする英国ブリストル出身のグループ。当時のメンバーは3D、ダディー・G、マッシュルームだった。彼らの最初のアルバム3枚はどれも大きな衝撃と影響をシーンに与えたが、中でもファースト『Blue Lines』(1991年)は90年代の扉を開いた名作。低音を強調し、ダブを大々的に導入したその音像は、“ブリストル・サウンド”と呼ばれた。ヴォーカルを取るのはシャラ・ネルソン。「Be Thankful For What You've Got」は、ウィリアム・ディヴォーンがフィリー・ソウルのハウス・バンド的存在だったMFSBをバックにして1974年に吹き込んだアルバムの表題曲。90年代初頭、カーティス・メイフィールドやダニー・ハサウェイ、リロイ・ハトソンに通じるような彼の魅力を小西康陽や小山田圭吾、田島貴男らのアーティストがこぞって紹介したことで、“渋谷系ソウル”の名作として知られるようになった。なお、この曲のカヴァーでは、クリーヴランド・ワトキスやオマーのヴァージョンも聴き逃せない。
Ultimate Free Soul 90s[DISC 2](waltzanova)
01. Let Me Turn You On / Biz Markie
デ・ラ・ソウルやトライブ・コールド・クエストと同時期に登場し、ラフでタフ、マッチョイズムをいたずらに標榜するわけではないヒップホップの可能性を広げたひとりであるビズ・マーキー。彼の持ち味はそのユーモラスで憎めないキャラクターと、ときに見せる毒の利いたアティテュードにあった。ギルバート・オサリヴァン「Alone Again (Naturally)」をサンプルした「Alone Again」が訴訟騒ぎとなり、2年の沈黙を余儀なくされた彼が1993年にリリースした「Let Me Turn You On」は、事件を題材にしたタイトルの『All Sample Cleared!』のリード・シングル。引用されているのは、マクファデン&ホワイトヘッドの人気曲「Ain't No Stoppin' Us Now」。オージェイズ「Back Stabbers」(邦題「裏切り者のテーマ」)を書いたデュオによるフィリー・ソウル名曲をバックに、ビズがトレードマークのヘタウマな歌を気持ちよさそうに披露する、極めつけのパーティー・チューンだ。
02. Brooklyn-Queens (The U.K. Power Mix) / 3rd Bass
サード・ベースは、MC・サーチ/ピート・ナイスの白人ラッパー陣に黒人DJのリッチー・リッチの3人からなるヒップホップ・グループ。1989年に名門デフ・ジャムからデビュー、同年に出たプリンス・ポール・プロデュースのファースト『The Cactus Album』はミドル・スクールの名盤として知られる。「Brooklyn-Queens」は同作に収められており、“The U.K. Power Mix”はシングル・カットされた際のヴァージョン。ここでのリミックスはベイビーフェイスやディアンジェロの仕事で知られるC.J.マッキントッシュが手がけ、オリジナルで使われていたエモーションズの「Best Of My Love」の親しみやすいグルーヴの魅力はそのままに、クール&ザ・ギャングの「Jungle Jazz」をサンプル、よりメリハリを利かせてフロアで映えるキャッチーなパーティー・ナンバーへと仕上げている。
03. Be My Baby / Vanessa Paradis
カーディガンズ「Carnival」と並び、90年代の“オリーブ少女”が憧れた、フレンチ・アイドルによるポップ・クラシック。1987年にわずか14歳で歌手デビュー、セルジュ・ゲンスブールに見初められて制作された『Variations Sur Le Même T'Aime』(1990年)が大ヒットするなど、そのコケティッシュな魅力で国民的アイドルとなったヴァネッサ・パラディ。「Be My Baby」は彼女を世界的なスターへと押し上げた3枚目のアルバム『Vanessa Paradis』(1992年)に収められていた。同作のプロデュースには当時公私ともにパートナーだったレニー・クラヴィッツが全面的に当たり、いかに彼にとってヴァネッサがミューズだったかというのがわかる。「Be My Baby」はシックスティーズ風のビートとサウンドで、フィル・スペクターやモータウンなどのガール・ポップスの流れを汲むスウィートでキャッチーなナンバー。小悪魔的なロリータ・ヴォイスやファッションも一世を風靡した。ヴァネッサはその後、女優として活躍、二人の子供を設けたジョニー・デップとの交際でも話題を振りまいた。
04. It's A Shame (My Sister) / Monie Love
モニー・ラヴは、ロンドン生まれでのちにNYへ移住した女性ラッパー。デ・ラ・ソウルやトライブ・コールド・クエスト、ジャングル・ブラザーズ、クイーン・ラティファなどとともに“ネイティヴ・タン”と呼ばれるトライブ(コレクティヴ)を形成していた。「It's A Shame (My Sister)」で引用されているのは、もちろんスピナーズの同名曲。シグネチュアのギター・リフを、弾むようなリズムへの導火線としている。いかにもNYっ子らしい気風のよいラップとも相まって、クールでスマートな印象だ。快活でキュート、機転に富んだキャラクターは彼女無二のもの。1990年のファースト・アルバム『Down To Earth』のリード・シングルだった。
05. Tell Me Mama / Tony! Toni! Tone!
90年代R&Bを語る上で外せない名グループ、トニー・トニー・トニー。ラファエル・サディークとドウェイン・ウィギンズ、ティモシー・クリスチャン・ライリーの3名からなる彼らは、ニュー・ジャック・スウィング人気の最中に登場したが、1993年のサード・アルバム『Sons Of Soul』で70年代ソウル的な意匠を現代のR&Bによみがえらせ、その高いミュージシャンシップを知らしめるとともに、生演奏によるサウンドの復権は、これまた名作の誉れ高い『House Of Music』(1996年)とともに、“ニュー・クラシック・ソウル”と呼ばれるムーヴメントの先鞭をつけた。「Tell Me Mama」は自然と身体が軽く揺れるグルーヴにメロディー、スライ&ザ・ファミリー・ストーン「Runnin' Away」風な響きを持つホーンと、快感原則に忠実なR&Bのツボを知り尽くした仕上がり。まさに“ソウルの申し子たち”ならではの傑作トラックだ。
06. Around The Way Girl / LL Cool J
1984年に16歳でデビューしたLL・クール・Jは、ヒップホップの歴史においてそのオーヴァーグラウンド化に貢献したアーティスト。「I Need Love」の大ヒットで女性から絶大な人気を誇ったLLだが、ハードコアなヘッズからはセル・アウトしていると目されていた。そんな声を封じ込めたのが、プロデューサーにマーリー・マールを迎えた1990年の4作目『Mama Said Knock You Out』。人気曲「Around The Way Girl」は、ケニ・バークの「Risin' To The Top」使いが醸し出すアーバン・メロウなムードに、これまた80s定番メアリー・ジェーン・ガールズ「All Night Long」の回転数を上げたサンプルが被さり、キャッチーな印象を強めている。サビのフレーズも含め、スタイリッシュで洗練された音作りは、アーバン・ソウル〜AORファンなどにもアピールするヒップホップ、という印象さえ抱かせる。
07. Don't Sweat The Technique / Eric B. & Rakim
ヒップホップ史上最高のデュオと言われることも多いエリック・B.&ラキム。彼らのファースト・アルバム『Paid In Full』(1987年)もまた、ヒップホップ史上に残る“超”のつく名盤として今なお語り継がれている。その持ち味であるレア・グルーヴを通過したサウンド・プロダクション、硬派なリリシストというラップ・スタイルは、次世代のナズらに多大な影響を与えた。「Don't Sweat The Technique」は、1992年リリースの4枚目のアルバムのタイトル・ナンバー。プロデュースはメイン・ソースのラージ・プロフェッサーが担当。ベース・ラインとホーン・フレーズの絡み合いが耳に残る問答無用のクラシックだが、前者はヤング・ホルト・アンリミテッドの「Queen Of The Nile」から、後者はクール&ザ・ギャングの「Give It Up」から別個にサンプルしており、ラージ教授の天才ぶりを味わうことができる。ライムスターの「B-BOYイズム」にもインスピレイションを与えたことでも有名だが、このクール&スリリングなファンクネスを聴けばそれも納得だ。
08. The World Is Yours / Nas
1973年NYはクイーンズ生まれ、押しも押されぬヒップホップ・レジェンドであるナズ。彼のデビュー・アルバム『Illmatic』(1994年)は「Source」誌で5本マイクを獲得、現在でもヒップホップ史に名を刻む金字塔であり続けている。それもそのはず、制作陣にはDJ・プレミア、ラージ・プロフェッサー、Q・ティップ、トラックマスターズなど売れっ子プロデューサーが顔を揃えていたうえ、ナズ自身のリリックとフロウもまた卓越したものだったからだ。ピート・ロックが手がけた「The World Is Yours」は、ジャジーでクールなプロダクションが印象的な、文句なしの殿堂入りクラシック。ナズもラキムを引き合いに出されるようなスキルフルで音楽的なフロウを披露、当時の彼はまさに完璧と呼べる存在だった。
09. Spiritual Thang / Eric Benet
ニュー・クラシック・ソウル華やかなりし1996年、期待の大型新人としてデビューしたエリック・ベネイ。その端正なルックスもあって、ディアンジェロやマックスウェルと並んでシーンのヒーロー的存在となった。「Spiritual Thang」は、彼のデビュー・アルバム『True To Myself』に収められた跳ね感のあるナイス・ミディアム。ファンクネスとメロウネスの配合が絶妙で、彼の艶っぽいヴォーカルが楽しめる。セカンド・アルバム以降は、フェイス・エヴァンスをゲストに迎えたTOTOのカヴァー「Georgie Porgy」に代表されるように、AOR~ポップスなども視野に入れたよりコンテンポラリーな方向を志向していくが、現在でもアダルトなブラック・ミュージックの第一人者として活躍中である。
10. Real Love / Mary J. Blige
90年代前半のR&Bシーンはヒップホップ・ソウル隆盛の時代だったが、それを象徴する女性シンガーと言えばメアリー・J.ブライジ、という人選に異論はないだろう。彼女は1992年にリリースした『What's The 411?』の大ヒットで、“Queen Of Hip-Hop Soul”として一躍名を上げた。仕掛け人はこの後、ノトーリアス・B.I.G.やフェイス・エヴァンスを擁したレーベル、バッド・ボーイを創設し、「I'll Be Missing You」などのヒットで自らも売れっ子アーティストとなったショーン・コムズ(当時はショーン・“パフィー”・コムズという名義だった)。『What's The 411?』には、パトリース・ラッシェンのリメイク「You Remind Me」、ピート・ロック使いの「Reminisce」、ケニ・バークを引用した「Love No Limit」と、ループ感の強いヒップホップ・ソウルの方法論がふんだんに盛り込まれている。代表作「Real Love」のソースはオーディオ・トゥー、1987年のヒット曲「Top Billin'」。ノトーリアス・B.I.G.が参加したリミックス・ヴァージョンでは、ベティー・ライト「Clean Up Woman」がサンプルされ、フリー・ソウル・ファンを狂喜させた。
11. People Everyday (Metamorphosis Mix) / Arrested Development
デ・ラ・ソウルとはまた違った形でヒップホップの可能性を押し広げたのが、この曲の主役であるアレステッド・ディヴェロップメント。グループ名にこめられたポリティカルでエコロジカルなメッセージ、スピリチュアル・アドヴァイザーのババ・オージェをはじめ、個性豊かなメンバーが集うコレクティヴ的なあり方、エスニックでアフリカ回帰的なファッションなどが、従来のヒップホップの枠組みを大きく超えたオルタナティヴなそれとして幅広い層から支持された。1992年のデビュー作『3 Years, 5 Months And 2 Days In The Life Of...』が大ヒットし、翌年にはグラミー賞も獲得。「People Everyday」は、タイトルからもうかがえる通り、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの名曲「Everyday People」の本歌取りとも言うべきピースフルなナイス・チューン。親しみやすいキャラクターやファミリー的なあり方など、両者には共通項が多い。
12. Where I'm From (Original 12") / Digable Planets
トライブ・コールド・クエストの『The Low End Theory』(1991年)以降、ジャズを主要なサンプリング・ソースとするヒップホップ、いわゆる“ジャズ・ラップ”がちょっとしたブームとなった。ギャング・スターのグールーのプロジェクトであるジャズマタズや、ファーサイドやルーツらが参加したオムニバス『Stolen Moments: Red Hot+Cool』などが思い浮かぶが、同作に参加していたディガブル・プラネッツもそのような流れの中で登場したグループのひとつ。メンバーはバタフライ、レディーバグ、ドゥードゥルバグの3人で、それぞれを虫になぞらえ、テロや反堕胎活動に異議を唱えるなど、社会的な側面も打ち出していた。「Where I'm From」は、フリー・ソウル・クラシックとしても知られるKC &ザ・サンシャイン・バンドの「Ain't Nothing Wrong」をサンプリングしているが、そのグルーヴィーな感触はトライブ・コールド・クエストの「Can I Kick It?」などと似た質感を感じさせる。その意味で、彼らはネイティヴ・タンの系譜に連なるグループと言っていいだろう。今で言うところの“草食系”な雰囲気も漂わせたスタイリッシュな音を聴かせ、グラミーも受賞した彼らだが、セカンド・アルバムのリリース後にグループは解散している。
13. I Love Your Smile / Shanice
弱冠14歳でA&Mレーベルからデビューした女性R&Bシンガー、シャニース。これまた名門のモータウン移籍後、巨匠ナラダ・マイケル・ウォルデンのプロデュースのもと彼女が放ったのが、2枚目のアルバム『Inner Child』(1991年)からの先行シングル「I Love Your Smile」。ティーンエイジャーのスクール・ライフを描いたドラマの主題歌に似合いそうなこの曲は、全米・全英ともに2位の特大ヒットとなり、シャニースは一躍トップ・アーティストの仲間入りを果たした。60年代のスペクター・サウンドやモータウン以来の、ポップ・ミュージックが持つときめきやワクワク感は、もちろんフリー・ソウルの魅力とも大きくシンクロしている。日本では加藤ミリヤが「恋シテル」で引用したことで、ヤング・ジェネレイションにも改めて広く知られるようになった。
14. I'm Still Waiting / Courtney Pine feat. Carroll Thompson
コートニー・パインは1964年ロンドン生まれのジャマイカン。UKブラックである彼は、80年代後半に現れた新世代ジャズの旗手として、ロニー・ジョーダンらとともに、クラブ・ジャズ的な方法論を積極的に取り入れながらジャズの拡大を担ってきた。キャロル・トンプソンをヴォーカリストに迎えた「I'm Still Waiting」もその試みのひとつ。原曲はダイアナ・ロスで、『Everything Is Everything』(1970年)に収録されていた可憐かつドラマティックなナンバーを、ラヴァーズ・ロック仕立てのアーバン・チューンに生まれ変わらせている。メロディアスなコートニーのサックスとヴォーカルの絡みも艶めくようにきらめく。90年代はクラブ・ミュージックに近接したジャズの賛否が問われることの多い時代だったが、ロバート・グラスパー以降の感覚を通過した現在の視点で見ると、極めて素直な世代感覚の表出だったのだと改めて思う。1990年の第4作『Closer To Home』に収録。
15. Joy And Heartbreak (The Raid Mix) / Movement 98 feat. Carroll Thompson
エリック・サティ「Gymnopedies No.1」のメロディーを引用した、エレガントなクラブ・ミュージックの名作。その意味では、フランキー・ナックルズ「The Whistle Song」にも通じる魅力を持ち合わせていると同時に、極めてサバービア的であると言える名作だ。可憐な表情のヴォーカルは前曲に続いてUKラヴァーズの歌姫、キャロル・トンプソンによるもの。彼女は、元ミュート・ビートで一時期シンプリー・レッドのメンバーでもあった屋敷豪太のプロジェクト、ゴータ&ザ・ハート・オブ・ゴールド「Someday」(1995年に編まれた『Free Soul 90s』シリーズに収録)にも客演している。ソウル・Ⅱ・ソウルのブレイクを機に90年代初頭一世を風靡したグラウンド・ビートに乗せ、スウィート&メロウな世界が展開される。スティール・パン風の音色は、水彩画のようなアリワ・レーベルのラヴァーズ・ロックを思い起こさせる。ムーヴメント・98は、かつてはハッピー・マンデイズやディーコン・ブルーなどの作品を制作したポール・オークンフォルドとスティーヴ・オズボーンを中心としたプロジェクトで、この曲と「Sunrise」の2枚の12インチを残している。
16. Give It Up, Turn It Loose / En Vogue
その歌唱力とヴィジュアルで人気を博した女性ヴォーカル・グループ、アン・ヴォーグ。売れっ子プロデューサー、フォスター&マッケルロイがオーディションで見出したテリー・エリス、ドーン・ロビンソン、マキシン・ジョーンズ、シンディー・ヘロンの4人がオリジナル・メンバーで、スタイリッシュなルックスと過去の有名楽曲を再構築した方法論によって、幅広いリスナーに受け入れられた。「Give It Up, Turn It Loose」は、彼女たちが残した金字塔と呼ぶべき哀愁メロウ・ダンス・チューン(その後の「Runnaway Love」も同タイプの名曲)。シェリル・リン「Got To Be Real」やエモーションズ「Best Of My Love」、デバージ「I Like It」のキャッチーな部分を掛け合わせたかのような曲調は、ハウスやヒップホップ、ディスコやレア・グルーヴなど、多様な音楽性が並列的に受容されていた90年代前半のフレッシュな空気を伝えてくれる。
17. Waterfalls / TLC
「90年代R&Bシーンにおける最も印象的だったアーティストは?」と問われて、彼女たちの名前を挙げるリアルタイム世代は多いに違いない。TLCはT・ボズ、レフト・アイ、チリの3人からなるガールズ・グループ。「Ain't 2 Proud 2 Beg」の大ヒットで、ヒップホップ・ソウルを体現したグループとしてシーンに注目される。3人それぞれのキャラクターがはっきりしており、コンドームを使ったファッションなどで話題性にも事欠かなかったTLCだが、どこかアイドル的な見方もされていた。そんな彼女たちをアーティストの仲間入りさせた記念碑的名作が1994年の『CrazySexyCool』。当時売り出し中だったジャーメイン・デュプリ、ダラス・オースティン、ショーン・“パフィー”・コムズらがプロデュースを担当し、その後のR&Bシーンに与えた影響は計り知れない。そこからのサード・シングルにして不朽の名曲が「Waterfalls」。オーガナイズド・ノイズによるプロデュース手腕が冴え、メッセージ色の強い歌詞にCGを駆使したPVも話題を呼んだ。レフト・アイは2002年に自動車事故で死亡、3人でのTLCを見ることは永遠に叶わなくなってしまった。
18. You Gotta Be (Love Will Save The Day) / Des'ree
闇の中に光を見出すような、ポジティヴィティーを感じさせるアコースティック・ソウル。清涼感のある歌声やUKブラックという出自の共通項から、シャーデーを引き合いに出して語られることも多かったシンガー・ソングライター、デズリー。じんわりとした温もりが沁みてくる「You Gotta Be」は、全米トップ10にもチャート・インした彼女の代表曲。90年代半ば、女性を中心に絶大な人気を誇っていたことを記憶している。1996年には映画『ロミオとジュリエット』のサウンドトラックに「Kissing You」が収録され、彼女の存在はより広く知られるようになった。可憐な中にも芯の強さを感じさせる個性は、やはりフリー・ソウル・シーンで高い支持を受けるミニー・リパートンやコリーヌ・ベイリー・レイなどにも通じるものがある。
Ultimate Free Soul 90s[DISC 3](waltzanova)
01. Don't You Worry 'Bout A Thing / Incognito
70年代スティーヴィー・ワンダーのラテンへの傾倒が見られるオリジナルを、見事にブラッシュアップして解釈したアシッド・ジャズ期の快作。インコグニートの代表曲として、サイド・エフェクト版でも知られるロニー・ロウズのファンク・クラシックをジョセリン・ブラウンを迎えてカヴァーした「Always There」と並ぶキラー・チューンだろう。彼らが絶好調だった1992年のサード・アルバム『Tribes, Vibes And Scribes』に収録されていた。ハウス的なリズムに乗ってシャープなホーンズが切れ込むスリリングな瞬間がたまらない。ラテン~ブラジリアン的なグルーヴは、腕達者なプレイヤー揃いのインコグニートが得意とするところであり、タニア・マリアを思わせるスキャットが炸裂する「Colibri」もそのテイストが色濃いナイス・チューン。また、「Pieces Of A Dream」のロジャー・サンチェスによるハウシーなサンバ・リミックスも特筆すべきだろう。
02. For Spacious Lies / Beats International
90年代後半に「The Rockafeller Skank」の特大ヒットを飛ばし、世界的なDJとなったファットボーイ・スリムことノーマン・クックのキャリアは1980年代にさかのぼる。ハウスマーティンズのベーシストとして活躍後、DJとしての活動を開始。Urbanレーベルのレア・グルーヴ復刻にも大きな貢献を果たし、彼のユニットであるビーツ・インターナショナルのアルバム『Let Them Eat Bingo』は1990年にリリースされた。ハウス、ヒップホップ、レゲエ、ダブなどのクラブ・ミュージックを好むクックの雑食性がポップな形で昇華された傑作だ。この中には、S.O.S.バンド「Just To Be Good To Me」をクラッシュ「Guns Of Brixton」のベース・ラインと掛け合わせてリメイク、全英1位を獲得した「Dub Be Good To Me」も収録。ネオアコ・ミーツ・ファンカラティーナという趣の「For Spacious Lies」は、ノーマン・クック名義でも1989年にリリースされていた、アズテック・カメラやヘアカット・ワンハンドレッド、小沢健二などが好きな人なら反応すること請け合いの胸キュン・ポップ。
03. Movin' On Up / Primal Scream
ボビー・ギレスピーを中心とするロック・バンド、プライマル・スクリーム。初期はネオ・アコースティックにも通じるポスト・パンク的な音楽性を特徴にしていたが、1991年の『Screamadelica』では同時期のストーン・ローゼズに代表されるマンチェスター・ムーヴメントにシンクロしたダンサブルなサウンドへと変貌を遂げ、「Come Together」には、その“セカンド・サマー・オブ・ラヴ”の高揚感が刻印されていた。「Movin' On Up」は1992年の『Dixie-Narco EP』でもフリー・ソウル・ファンを歓喜させたゴスペリッシュなナンバー。下敷きになっている2曲、アイズレー・ブラザーズ版も人気のスティーヴン・スティルス「Love The One You're With」の高揚感とローリング・ストーンズ「Sympathy For The Devil」(邦題「悪魔を憐れむ歌」)の呪術性をミックスしたかのようなサイケデリックなグルーヴにノックアウトされる。ボビーは続く1994年の『Give Out But Don't Give Up』では、さらにアーシーでファンキーなロックへと傾倒していく。
04. Jus' Reach / Galliano
前曲から引き続いて、魔術的でスピリチュアルなテンションを宿したガリアーノの傑作。強力なベース・ラインをはじめ、アーチー・シェップのレア・グルーヴ金字塔「Attica Blues」(オリジナル・ラヴの「The Rover」にも影響大)を全面的にアダプトしている。この12インチのジャケットは映画『黄金の腕』をモティーフにしたものだったが、90年代のクラブ・ミュージックにおいては、ブルーノートのジャズ・アルバムを主としてデザインの引用も多く、トーキング・ラウドでは他にもハービー・ハンコックやハー・ユー・パーカッション・グループ(共にヤング・ディサイプルズ)、チコ・ハミルトン(インコグニート)などが挙げられる。このようなサンプリング・カルチャーは90年代の大きな特色と言えるだろう。ガリアーノは、プーチョ/リロイ・ハトソン/ダニー・ハサウェイ/ダグ・カーン/ファラオ・サンダース/CS&Nなどのリメイクでも、フリー・ソウル・シーンで人気を集めた。
05. Can I Kick It? (Extended Boilerhouse Mix) / A Tribe Called Quest
かつて橋本徹が『Free Soul 90s』シリーズのライナーで「永遠に聴き続けていたくなるようなサンプリング・ループ、冴えたビート・センスと歌心あふれるラップには、いつも感激させられてしまう」と評した、Q・ティップ率いるトライブ・コールド・クエストの才が存分に堪能できる傑作トラック。オリジナルはルー・リードの「Walk On The Wild Side」を引用してリスナーに衝撃を与えたが、ここではアーチー・ベル&ザ・ドレルズ「Don't Let Love Get You Down」なども使ってリミックス・ヴァージョンならではのカラフルな作品に仕上げている。彼らや初期のデ・ラ・ソウルの楽曲に象徴される、自由なセンスや豊かなアイディアに橋本徹は“フリー・ソウル”を見たのだろうことは想像に難くない。オリジナル・ヴァージョンは最近25周年盤も出た、1990年の『People's Instinctive Travels And The Paths Of Rhythm』に収録。トライブ・コールド・クエストの最初の3枚のアルバムには、ロイ・エアーズやランプやアイズレー・ブラザーズからミニー・リパートンやウェルドン・アーヴァインまでをサンプリングした、フリー・ソウル・シーンでも人気の名曲/名ヴァージョンがきら星のごとく輝いている。
06. Columbus (Montezuma Jazz Mix) / Chapter + The Verse
チャプター&ザ・ヴァースはイギリスのアシッド・ジャズ・シーンから登場したが、それにとどまらない幅広い音楽性を持つプロジェクト。日本だと、ピチカート・ファイヴのリミックス・アルバム『Expo 2001』に参加していたことを思い出す人もいるかもしれない。それもそのはず、小西康陽が“黒いプリファブ・スプラウト”と評したのが、この「Columbus」。セカンド・アルバム『Renewed Testament』(1992年)の翌年にヴァージン傘下の10レーベルからリリースされる予定だったが、歌詞が過激すぎるという理由でお蔵入りし、のちに自主制作という形で発表された。緊張感をはらんだラップと女声コーラスがクール&スピリチュアルな質感を伝えてくる隠れた名曲だ。冒頭のホーンの響きやトランペット・ソロなどからは、よりストレート・アヘッドなジャズとの親和性も感じられる。
07. Get Yourself Together (Part 1 & 2) / Young Disciples
アシッド・ジャズ・ムーヴメントは、理想に燃えた革新者であるとともに伝統主義者の側面も持っていた人々(フリー・ソウルもそうだろう)によって担われていたことを示すのがこのヤング・ディサイプルズ。フェミ・ウィリアムスとマルコ・ネルソンという“モッド”な二人、そしてボビー・バードとヴィッキ・アンダーソンの娘であるカーリーン・アンダーソン。最強のトライアングルが産み落とした金字塔『Road To Freedom』(1991年)の冒頭を飾るのが、エディー・ラス「The Lope Song」を力強くよみがえらせた「Get Yourself Together」だ。タイトル通り力強い意志とクレヴァーな理知を感じさせる、パーフェクトという言葉がこぼれそうな最高のUKソウルは今なお色褪せない。アルバムにはポール・ウェラーにミック・タルボット、JB'sやジョニー・ライトル、マスター・エース、IG・カルチャーらが参加、90年代の“モダーンズ”が進むべき新しい魂の光と道を指し示した。
08. Love Theme From Spartacus (4 Hero Main Mix) / Terry Callier
“ミスター・フリー・ソウル”とも言うべき存在感を持つ、唯一無二の個性の黒人シンガー・ソングライター、テリー・キャリアー。1960年代から活動を始め、現在では『Occasional Rain』(1972年)をはじめカデットに残した3枚のアルバムが伝説的名盤として語り継がれる彼も、80年代以降はコンピューター技師として生計を立てるなど不遇だった。その彼の作品に光を当てたのが、UKのレア・グルーヴ・ムーヴメントや日本のフリー・ソウル・ムーヴメント。その再評価を受け、トーキング・ラウドの総帥ジャイルス・ピーターソンはテリー・キャリアーに新作の話を持ちかけ、1997年の『Timepiece』で奇跡の復活が実現した。「Love Theme From Spartacus」は、ユセフ・ラティーフやビル・エヴァンスの名演で知られるモーダル・ジャズ・クラシック。クラブ・ジャズ~メロウ・ビーツ界隈で決定的なスタンダードとなっているこの曲を、テリーはブルージーかつスピリチュアルに歌い上げたが、その名唱を4・ヒーローは絶品のドラムンベースにリミックス、感涙のコズミック・ソウルが誕生した。
09. Escape That (Ron Trent Remix) / 4 Hero
UKブラックを代表するクロスオーヴァー・アクトである4・ヒーロー。もともとは4人だったが、その後マーク・マックとディーゴによるユニットとなった。音楽性も当初のジャングル~ドラムンベース的なものからより発展・洗練され、トーキング・ラウド移籍後の『Two Pages』(1998年)では、ブレイクビーツ(プログラミング)と生演奏が融合したフューチャー・ソウルを志向。チャールズ・ステップニーやマイゼル・ブラザーズらを敬愛してやまない彼らだからこそ生み出せる一大傑作となった。ここに収められた「Escape That」のリミックスは、シカゴ・ハウスの重要人物ロン・トレントの手によるもので、ジョー・クラウゼルやラリー・ハードにも通じるエレガンスとスピリチュアリティーに満ちた秀逸なディープ・ハウスに仕上げられている。ピアノとフルートの生み出す美しいアンサンブルに酔いしれてしまう。
10. Brown Sugar / D'Angelo
70年代を代表するR&Bアーティストがマーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダー、80年代はプリンスやマイケル・ジャクソンなら、90年代以降の最重要人物はディアンジェロで決まりだろう。他アーティストへの曲提供などを経て、1995年にリリースされた彼のデビュー・シングル「Brown Sugar」は、トライブ・コールド・クエストのアリがプロデュースを行ったことでも話題となった。スモーキーでレイドバックした不穏な空気感はドラッグのスラングであるタイトルさながら。生演奏を多用したジャジーなプロダクションと、ヒップホップ以降のビート感覚が圧倒的に新鮮だった。J・ディラなどソウルクエリアンズ周辺が参加し、ある意味でデビュー・アルバム以上のインパクトと影響を与えた『Voodoo』(2000年)以降、アルバム・リリースのなかったディアンジェロだが、2014年末に突如『Black Messiah』をリリースし、2015年には奇跡の初来日。長年待ち望んでいた日本のファンの前で、熱気とファンクネスみなぎる圧巻のステージを繰り広げた。ここに収録された「Brown Sugar」はオリジナル・ヴァージョンだが、クール・G・ラップが参加したビートマイナーズ・リミックスや、「Me & Those Dreamin' Eyes Of Mine」のジェイ・ディー・リミックスも、橋本徹のお気に入りだ。
11. On & On / Erykah Badu
ディアンジェロと並び、90年代以降に最も大きな影響力を持つ、女性R&Bアーティストがエリカ・バドゥだ。テキサス州ダラス出身の彼女は、大学で演劇やポエトリー・リーディングなどを学んだのちに歌手を志す。キダー・マッセンバーグの指揮のもとで完成した1997年のデビュー作『Baduizm』は、ニュー・クラシック・ソウルの流れを決定づけた歴史的傑作。ビリー・ホリデイなどが引き合いに出された、ソウル~R&Bのみならずジャズやヒップホップを通過したオリジナルなヴォーカル表現が衝撃を与えた。デビュー・シングル「On & On」にもそれはよく表れており、アンニュイでミステリアスなムード漂う中毒性の高いナンバーになっている。サウンド面でのキーパーソンは、ボブ・パワーとジェイムス・ポイザー。彼らとの関係はのちにソウルクエリアンズへと発展していく。また、高い自己プロデュース能力を活かし、ターバンやアンクなどのアフロセントリックなイディオムを洗練された形で取り入れたファッションも注目を集めた。
12. Show You (Original Finesse) / Jeff Redd
ジェフ・レッドは、1990年にアップタウン・レコードから期待の新人としてデビューを飾るも、それに見合った結果は残せなかった。ヒップホップ・ソウルの盛り上がりの中、メアリー・J.ブライジやジョデシィらの台頭によってレーベル内の立場も低下、新天地を求めてEMIへ移籍する。しかしアルバム『Down Low』は、発売直前に回収の憂き目に遭ってしまう(ごく少数が流通した模様)。その後、彼は自己のプロダクションを立ち上げ、裏方として活躍することとなるが、20年を経た2015年、『Down Low』の待望の再リリースがなされた。1993年作の名シングル「Show You」は、その完成度ゆえにアルバムへの期待を高めた逸品。プロデューサーは元ジャマイカ・ボーイズのディンキー・ビンガムで、ヒップホップ・ソウルを通過したジャジーでシックなサウンド・プロダクションが印象的。間を活かしたロウ・ビート、マーヴィン・ゲイの流儀を感じさせるセクシーなヴォーカルと相まって、遠い夏を思い起こさせるような素晴らしい90sソウルに仕上がっている。ロード・フィネスの手腕が光るが、12インチに収録されているマーリー・マールのリミックスも聴き逃せない。
13. I Love You (Remix) / Mary J. Blige feat. Smif-N-Wessun
ファースト・アルバム『What's The 411?』の大ヒットは、シーンにヒップホップ・ソウルの大流行をもたらした。そんな中でメアリー・J.ブライジは、ストリート感はそのままに、よりコアなソウル・アルバムを志向して『My Life』(1994年)を完成させる。メアリー・ジェーン・ガールズの名曲リメイク「Mary Jane (All Night Long)」にカーティス・メイフィールドを引用した「Be Happy」など、過去の先達たちにリスペクトを捧げたような作品が並び、この「I Love You」では、アイザック・ヘイズの「Ike's Mood Ⅰ」から間奏の感傷的なピアノ・フレーズがサンプリングされ、こぼれ落ちるような情感が心を動かす。ここに収められたのは、スミフ・ン・ウェッスンが客演している絶品のリミックス・ヴァージョン。
14. Free / Sail On / Chante Moore
「Free」は、スティーヴィー・ワンダーのコーラス隊、ワンダーラヴでの活躍でも知られるデニース・ウィリアムスの黄昏系メロウ・クラシック。フリー・ソウルを代表する人気曲でもあり、モーリス・ホワイトのカリンバ・プロダクションからリリースされた彼女のデビュー作『This Is Niecy』(1976年)に収められていた(プロデュースはモーリスとチャールズ・ステップニーによる)。この曲の主役シャンテ・ムーアは、エル・デバージに才能を見出されたことをきっかけにデビューした、クワイエット・ストーム~ブラック・コンテンポラリー的な立ち位置の女性シンガー。ここではコモドアーズのナンバーとメドレー仕立てになっているが、原曲に倣ったアレンジの上でシルキーな艶のある歌声を聴かせる。『A Love Supreme』(1994年)に収録。
15. How Deep / Color Me Badd
カラー・ミー・バッドは、「I Wanna Sex You Up」のヒットで知られる4人組R&Bグループ。そのルックスもあってアイドル的な捉えられ方もされていたが、その実力は確かなものだ。「How Deep」は、プリンスのファースト・アルバム収録の名曲「Crazy You」のギター・リフを引用し、哀愁ヒップホップ・ソウルに再構築した正真正銘の傑作。日本だとSMAPがナイトフライト「You Are」をモティーフにした「がんばりましょう」(1994年)で話題となったが、引用やサンプリングが最も創造的な行為だった時代の空気感が感じられる。この曲が収められていた『Time And Chance』(1993年)は、彼らのアーティストとしての資質が開花したアルバムで、コアなブラック・ミュージック・ファンも唸らせる出来映えになっている。
16. Peachfuzz / K.M.D.
K.M.D.は、のちにMF Doomとなるラッパー/プロデューサーのZev Love X、彼の弟であるDJ Subroc、そしてOnyx The Birthstone Kidによるヒップホップ・チーム。エレクトラからのデビュー・シングル「Peachfuzz」は、キュートなコーラスに思わず笑みがこぼれる、ポップで洒落たボサノヴァ・タッチのラヴ・ソング。O.C.スミスの「On A Clear Day (You Can See Forever)」をサンプリングしているセンスは、サバービア的と言うほかない(「Plumskinzz」ではボビ・ハンフリー「Blacks And Blues」もサンプル)。また、この曲を含む『Mr. Hood』(1991年)も、ネイティヴ・タン的なカラフルな内容のアルバムだった。しかし、黒人社会への問題提起を意図したジャケット・デザインをめぐるトラブルで、セカンド・アルバムは結局お蔵入り、さらに弟の事故死という不運も重なり、失意のZev Love Xはシーンから姿を消す。一時期はホームレスも経験したという彼は、MF Doom(MFはMetal Faceの略だそう)と名乗り、鉄仮面を被った姿で再登場。マッドリブとのプロジェクトなど、アンダーグラウンド・シーンでその確かな才気を発揮している。