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Ultimate Suburbia Suite; Evergreen Review
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2014年に旧譜カタログのコンピレイションとしては近年では稀に見る大ヒットを記録した『Ultimate Free Soul Collection』の兄弟編として、90年代以降の都市型音楽シーンに絶大な影響を及ぼしているフリーペーパー〜ディスクガイド「Suburbia Suite」で紹介された音楽ファン垂涎の名曲・名演が集められた『Ultimate Suburbia Suite Collection ~ Evergreen Review』『Ultimate Suburbia Suite Collection ~ Future Antiques』が5/20にリリースされます(※こちらは『Ultimate Suburbia Suite Collection ~ Evergreen Review』がご購入いただける商品ページです)。ジャズやボサノヴァ、ソフト・ロックにSSW〜AOR、メロウ・グルーヴからラテンやフレンチや映画音楽まで、オール・ジャンルから選りすぐられた日常を心地よくスマートに彩る珠玉の名作集にして、全110曲・5時間半以上におよぶアーカイヴとしても大変貴重な永遠不朽の決定版セレクションです。アプレミディ・セレソンでお買い上げの方にはもれなく(通販含む)、橋本徹・編集による名盤102枚を紹介したディスクガイド「Ultimate Suburbia Suite Collection」と、橋本徹・選曲のスペシャルCD-R『More Evergreen Review』(同時入荷の『Ultimate Suburbia Suite Collection ~ Future Antiques』と併せて2タイトルともご購入の方には、それに加えて橋本徹・選曲のスペシャルCD-R『More Future Antiques』)をプレゼント致しますので、お見逃しなく!
『Ultimate Suburbia Suite Collection』ライナー(橋本徹)
2014年にリリースされ、旧譜カタログのコンピレイションとしては、近年では稀に見る大ヒットを記録した『Ultimate Free Soul Collection』。2015年はその「Suburbia Suite」版を、という話をUNIVERSALからいただいた。しかも僕が2003年に上梓した「Suburbia Suite」集大成本2冊のタイトルとアートワークに合わせて、“Evergreen Review”“Future Antiques”と2種類のコンピを、そこに掲載されていたオリジナル・アルバム100枚のリイシューと共に、という絵に描いたように鮮やかなオファー。もちろん僕が意気に感じないはずはなかった。
「Suburbia Suite」とは、僕がかつてインディペンデント・マガジンとして編集・執筆していた音楽紹介誌。1990年末にフリーペーパーとして創刊し、90年代にはその内容を再編集したディスクガイドを3冊発行、その後は「relax」誌などの既存メディアでの特集という形で記事を制作してきた。
その志は、大きく言えば、自分が好きなのにあまり知られていない埋もれた名作に光を当て、肌に合うある種のムードをもった音楽を再評価・再編成すること、だっただろうか。気分やシチュエイションに応じて、あらゆるジャンルや年代・地域(ジャズやボサノヴァ、ソフト・ロックにSSW~AOR、メロウ・グルーヴやラテン~ブラジリアンから、フレンチや映画音楽まで)の中から、ある種のテイストを感じさせるレコードやCDをセレクトして、新たな価値観と独自のスタイリングのもとにその魅力を提案すること。それは個人のリスニング・スタイルから音楽シーンをとりまく環境に至るまで、決して小さくはない影響を及ぼしたと感じている。少なくとも僕にとっては、CDショップや中古レコード店の品揃えも、ふと立ち寄った飲食店やセレクトショップで耳にしたり、街で何となく流れてくる音楽も、25年前と比較すると、はるかに好ましいものになった(そのピークはやはり、90年代半ばから2000年代前半にかけてだったかもしれないが)。
そう、20代半ばの僕が自らに課した使命は、音楽ファンに無意識の意識変革を問いかけながら、ピースに、スマートに、笑顔で無血革命をなしとげることだった。そうした試みの精粋にして集大成と言ってもいいセレクションになっているのが、豊富なUNIVERSAL音源から選りすぐられた『Ultimate Suburbia Suite Collection』だ。もちろん残念ながら今はコンピレイションへの収録ができなくなっているアーティストもあったが(ジョアン・ジルベルトとかケニー・ランキンとかね)、2枚組を2種類、珠玉の110曲を5時間半以上にわたって堪能できる申し分ない選曲になったと思う。
僕にとっては人生の夏を彩ってくれた至上の名曲集であり(歳を重ねてしまった今の自分にはちょっと眩しいほどだが)、音楽シーンにとっては紛れもない永遠不朽のニュー・スタンダード。きらめくような心地よさと、ときめくような幸福感を後ろ盾に、自由なリスナーシップを唱えた若き日を振り返ると、それはフェアリーテイルのサウンドトラックのようでもあるが、“カウンター・カウンター・カルチャー”を標榜するうえでのテーマ・ソングでありレベル・ミュージックでもあった。
レコードに息づいている“雰囲気”を伝えることを大切に、と心がけていた「Suburbia Suite」の音楽紹介を2015年にアップデイトさせたような、waltzanovaによる全曲解説と共に、未来の至宝・秘宝となるだろうエヴァーグリーンな輝きを、ぜひ末永く楽しんでください。
Ultimate Suburbia Suite Collection ~ Evergreen Review [DISC 1](waltzanova)
01. Don't Take Your Time / Roger Nichols & The Small Circle Of Friends
曲の最初の数秒で、音楽の魔法を体験することができる。何かが始まる予感に満ちた2小節、その後に展開されるめくるめくようなメロディー展開とカラフルなアレンジ。思わず「完璧」という言葉を使いたくなってしまう、ポップ・ソング史上に残る一大傑作だ。ロジャー・ニコルズは、1970年代にポール・ウィリアムズとのコンビでカーペンターズの大ヒット曲「We've Only Just Begun」などを書いたソングライター。彼が友人のマレイ・マクレオド、その妹のメリンダと結成していたロジャー・ニコルズ・トリオを改称したのがこの曲の主役、ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズである。彼らが1968年にA&Mに残した唯一のアルバムは、ビーチ・ボーイズ『Pet Sounds』などと並んで永遠に語り継がれるべきエヴァーグリーンだが、現在のような揺るぎない評価のきっかけになったのは、日本で1987年に初CD化され、小西康陽や「Suburbia Suite」などが熱烈に支持したことだった。
02. I Feel Pretty / Annie Ross with The Gerry Mulligan Quartet
スウィングする4ビートに、軽妙でノンシャランなスキャット、品の良さを感じさせるバリトン・サックスとトランペットのソロ。アイスティーを飲みながら聴く昼下がりのジャズ。ランバート・ヘンドリックス&ロスのキュートなシンガーが、ジェリー・マリガンとコラボレイションしたアルバム『Sings A Song With Mulligan!』(1958年)。それまで置かれていた文脈から音楽を解き放った、気分やシチュエイションに合わせての自由なリスニング・スタイル=新しいパースペクティヴの提案は「Suburbia Suite」の功績だった。ジューン・クリスティー『Something Cool』やルース・プライス『Ruth Price Sings With The Johnny Smith Quartet』といった白人女性シンガーが歌うアルバムも、初期サバービアの定番だった。
03. Chanson Des Jumelles / Michel Legrand
キャラヴァンの到着を期に、高らかに鳴らされるトランペットのファンファーレ。スクリーンの中で、イエローとピンクのドレスに身を包んだ双子姉妹が歌い踊っている。港町を舞台に、週末繰り広げられるカラフルでハッピー、そして一抹のブルーを含んだ人間模様は、生きることの素晴らしさを歌い上げる──『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)は、『シェルブールの雨傘』(1964年)と並ぶジャック・ドゥミの最高傑作であり、両者とも音楽を手がけたミシェル・ルグランの代表作としても多くのファンに愛されている。2000年にはサントラの完全版がリリースされ、話題を呼んだ。
04. Catavento / Christiane Legrand
頬をなでるように吹いてくる爽やかな風。遠くの丘の上で回る色とりどりの風車。その景色は、心の中にサウダージあふれるメロディーを呼び起こす──1950年代からブルー・スターズ~ダブル・シックス・オブ・パリの一員として活躍し、フランスのジャズ・コーラスの草分けであるクリスチャンヌ・ルグラン。『Of Smiles And Tears』発表当時の1972年には、スウィングル・シンガーズの一員だった。『Of Smiles And Tears』は、カルロス・リラなどブラジルのコンポーザーの曲を取り上げたアルバムになっており、中でもミルトン・ナシメントの作品は心地よいスキャットが響く本曲をはじめとして半数以上を占める。フレンチとブラジリアンが絶妙に溶け合ったアレンジも素晴らしい。
05. Corrida De Jangada / Elis Regina
伸びやかで溌剌とした歌、弾むようなジャズ・サンバ・リズムの中で、ピアノもギターも生き生きとしたフレーズを響かせる。エリス・レジーナの歌は太陽のような明るさと、嵐のような奔放さを持っている。それが聴く者の心を一気に捉えて離さないのは、いつでも彼女が自らの感性や情熱に対して正直だったからだろう。これはエリスとロンドン交響楽団による奇跡のようなセッションを記録した『Elis Regina In London』 (1969年)のオープニングを飾った、エドゥ・ロボ作の胸のすくようなナンバー。口笛入りの「Voce」や「O Barquinho」も柔らかな幸せに心満たされる名曲。
06. Teresa / Lill Lindfors
快晴の青空の下、ブラジリアン・リズムのパーカッションが鳴り響く広場。子供たちのコーラスを導き、女性歌手は笑顔をこぼれさせながら、希望に満ちた歌声を披露した──リル・リンドフォースは1960年代以来、コンスタントに作品を発表している、フィンランド生まれでスウェーデンを拠点とするシンガー。「Teresa」は1968年のアルバム『Komi Min Värld』に収録の、サバービア・クラシックとして知られる「Tristeza」のカヴァーである。同曲はセルジオ・メンデス&ブラジル’66やアストラッド・ジルベルト&ワルター・ワンダレイ、エリス・レジーナ、リタ・ライス&ピム・ヤコブズ・オーケストラ、ギミックスにジャック・パーネルなどのヴァージョンが有名どころ。愛らしいルックスの彼女だが、歌手としてはダスティー・スプリングフィールドなどに通じるソウルフルな個性の持ち主。「Hör Min Samba」「Upp Genom Himlen」などのグルーヴィーな楽曲も人気を集めた。
07. Boink (Brasil De Carnival) / The Gimmicks
1960年代前半にボサノヴァ~サンバ・ジャズ的なアプローチを取っていたリオ出身のピアニスト/バンド・リーダー、セルジオ・メンデスは自身の結成したグループ、ブラジル’66で大きな変身を遂げる。彼らのポップなブラジリアン・センスは、よりアメリカのマーケットを志向した音楽性も相まって大成功を収め、世界各地で彼らの影響を大きく受けたアーティストやレコードが生み出された。スウェーデンのギミックスもそんなグループのひとつ。そのリズムとハーモニーは、北欧らしくより透明感のあるのが特徴。「Boink」は前曲と兄妹のような曲想を持ったナンバーで、ビューティフルな男女混声のスキャットと、思わず身体が動いてしまうサンバ・リズムに、幸せなフィーリングに包まれる傑作。ギミックス1970年の『Brasilian Samba』に収録されていた。
08. Love So Fine / The Carnival
セルメンと関係性を持つアーティストが続く。カーニヴァルは、男女2名ずつからなるグループだが、その2名、ジャニス・ハンセンとホセ・リアレスは前述のブラジル’66の元メンバー。『The Carnival』(1969年)は、フィフス・ディメンションなどでお馴染みのボーンズ・ハウがプロデュースを担当、彼らやセルメンなどと共通するソフト・ポップな音楽性が個性となっている。ここに収録されたのは、ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズの大名曲カヴァー。躍動感たっぷりの、原曲にも引けを取らない最高の仕上がりになっている。他にもバート・バカラックやエドゥ・ロボなどの作品が取り上げられており、ぜひコレクションに加えておきたいポップ・アルバムである。
09. I Fell / The Four King Cousins
1960年代のあの時代を思わせる、Aラインのワンピースをまとった4人のドールたち。魅惑的なピアノのフレーズに続く彼女たちのイノセントな歌声とスキャットは、かつて心の中にあった大切な感情を引っ張り出されるような感触を持っている。フォー・キング・カズンズは、アメリカのキング・ファミリーという芸能一族の一員。彼らをフィーチャーしたTVプログラム『キング・ファミリー・ショウ』で結成されたのが彼女たちだ。「I Fell」はポール・ウィリアムズ&ロジャー・ニコルズの黄金コンビによる書き下ろし。印象深いイントロは、ピチカート・ファイヴにもインスピレイションを与えたのはよく知られる話。アルバム『Introducing... The Four King Cousins』(1969年)は、前曲の項でも紹介した「Love So Fine」の、女性ヴォーカルならではの軽やかなヴァージョンに、ビーチ・ボーイズ「God Only Knows」、ビートルズ「Here, There And Everywhere」といった人気曲も収められた、トータリティーの高い一枚。
10. I Know The Moon / Blossom Dearie
ビリー・ワイルダーの映画に登場しそうな、キュートで才気煥発な女の子。あるクラブ・ラウンジでピアノの弾き語りをしていたのは、ボストン型のフレームの眼鏡をかけた女性歌手だった。観客からの声に機知に富んだ受け応えを返し、あたりが笑いで包まれた直後、彼女は小鳥のように歌い始めた──。そのキュートでコケティッシュなヴォーカルが一聴してすぐに耳に残る名女性ジャズ・シンガー、ブロッサム・ディアリー。彼女がロンドンで吹き込んだ『That's Just The Way I Want To Be』(1970年)からの一曲は、ストリングスやフルート、フリューゲルホーンなどがカラフルなタペストリーを織りなす、幸福感に包まれるドリーミーなナンバー。アウトロのコーラスも最高だ。
11. Les Voyages / Jeanne Moreau
『突然炎のごとく』『死刑台のエレベーター』などのヌーヴェルヴァーグ作品が代表作として知られる、フランスの名女優、ジャンヌ・モロー。歌う女優でもある彼女の4枚目のアルバムからの、リスナーを旅への憧れへと誘う軽やかなボッサ・ナンバー。音楽監督を務めたギー・ボワイエによるヴィブラフォン、さらにフルートがヴァカンス気分を演出する。『ジャンヌ、ジャンヌを歌う』というアルバム・タイトルの通り、作詞は自身によるもの。つむじ風のような一陣の風が吹いてきたら、バッグをひとつだけ抱え、陽光降り注ぐ南へ向かって出発しよう。
12. Pigmalião 70 / Umas & Outras
ゆったりと優雅に舞うボッサ・ワルツは、愛し合う恋人たちの時間にこそふさわしい。アクセントに加わるストリングスやホーン。グルーヴィーに高揚していく後半のパートも筆舌に尽くしがたい。ソングライティングは代表曲「So Nice (Summer Samba)」で知られるセルジオ&マルコスのヴァーリ兄弟。マルコス名義のアルバムでも積極的なコラボレイションを行っている。ブラジルのノヴェラ(TVドラマ)のために書かれた曲で、歌っているのは自己グループ名義でのアルバムも残している3人組女声コーラス・グループ、ウマス&オウトラス。マルコス自身のソロ・アルバム『Marcos Valle』(1970年)中の「Êle E Ela」も異名同曲と言えるような存在なので、この曲のファンは必聴。
13. Look For The Silver Lining / Chet Baker
古いラジオから、小さな音で流れるスタンダード・ナンバー。中性的でちょっと頼りなげなヴォーカルは、蒼くビタースウィートな余韻を残す。伝説的な名トランペッター、チェット・ベイカーが若き日にパシフィック・ジャズに残した、青春の愁いと儚さを真空パックした奇跡の一枚、『Chet Baker Sings』(1954年)。「My Funny Valentine」や「But Not For Me」など、全ての曲が永遠のエヴァーグリーンと言える。人生のある一時期を過ぎると消えてしまう特別な何かが普遍的な形でそこに刻まれているという点で、そこにはサリンジャーやフィッツジェラルドの小説と同質のものが宿っている。
14. Feminina / Joyce
ギターを鳴らしながら、自らの中から溢れ出るリズムとメロディーを解き放つと、それはこんなにもプリミティヴで幸福感いっぱいの音楽になる──そんな音楽の奇跡を教えてくれるジョイス1980年の傑作。鳥の歌を思わせるフルートやスキャット、ジョイスのギターに切り込み、グルーヴィーに唸るベースなど、聴きどころもそこかしこに満載。洗いざらしの髪と静かな眼差しが目を引くジャケットは、タイトル通り女性の持つナチュラルな美しさを見事に写し取り、それは『Feminina』自身の魅力をも伝えるものになっている。
15. Cravo E Canela (Clove And Cinnamon) / Milton Nascimento
童謡のように人懐っこいメロディーの口笛に、シンコペイトしながら高揚するサンバ・リズム。それはフットボールとカーニヴァル、そして音楽を愛するこの国の人々そのままだ。「Cravo E Canela」は、ロー・ボルジェスやトニーニョ・オルタ、ベト・ゲジスら音楽的盟友と作り上げた『Clube Da Esquina』(1972年)にも収録されていたミルトン・ナシメントの代表曲のひとつだが、ここでは1976年の『Milton』からのヴァージョンを。バックを固めるのは、トニーニョやハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターにアイアート・モレイラなど、超一流かつミルトンと音楽的ヴィジョンを共有したアーティストたち。“ブラジルの声”とも称されるミルトンの声がサウダージを運ぶ。
16. How Beautiful You Are / Jimmy Castor
賑わいを見せる夜の始まりは、少し洒落た気分で。さっきまで熱気溢れるプレイを繰り広げていたハウス・バンドが奏でるラテン・アレンジのラヴ・ソング。リフを活かしたラウンジーなピアノが盛り上げ、今宵はいいことが起こりそうな予感だ──。口笛に導かれて始まるパーティー・カリプソ「Hey Leroy, Your Mama's Callin' You」のヒットで知られるサックス・プレイヤー/歌手のジミー・キャスターだが、ここでは主役の座をケン・ミルズに譲ってヴァイブを担当、ほどよく抑制された演奏を聴かせている。ちょっぴり振りかけられたロマンティック・フレイヴァーも素敵だ。
17. Curtain Call / Cal Tjader
サウダージ・ミーツ・ラテン。弾むラテンのリズムに乗って、キュートさの中に芯を持ち、そしてひとさじの切なさを浮かべたパール・ボニーの歌声。カル・ジェイダー自身のヴァイブもいつものように好調。端正でツボを押さえたソロを披露してくれる。1973年のファンタジー盤『Last Bolero In Berkeley』は、70年代中期という時代を反映してよりクロスオーヴァーなサウンドを追求したハイブリッドなアルバムで、チャック・レイニーら腕利きのスタジオ・ミュージシャンも多く参加しているが、特筆すべきは「Curtain Call」ともう一曲のサバービア・クラシックであるジャクソン・ファイヴ「I Want You Back」カヴァーでもエレピを担当しているプロデューサー、エド・ボガス。彼のセンスが魔法をかけている。
18. All / Les McCann Ltd.
前曲に続くラテン・タッチのナンバーだが、ゴージャスなストリングスやホーンが取り入れられた映像的なムードを持った曲で、ハリウッド・ムーヴィーやブロードウェイの極彩色の世界を思わせるイマジナティヴな魅力を放っている。「All」はニーノ・オリヴィエロの作曲で、映画『Run For Your Wife』の主題歌だったナンバー。70年代にはニュー・ソウル方面へ音楽的な舵を切ったソウル・ジャズ・ピアニスト、レス・マッキャンがラテンにトライしたライムライト盤『Bucket O'Grease』(1967年)に収録。先述したジミー・キャスターの「Hey Leroy, Your Mama's Callin' You」もピックアップしている。
19. Call Me / Chris Montez
ハーブ・アルパートとジェリー・モスの設立したA&Mは、ドリーミーでカラフルな洗練されたソフト・サウンディングを身上とし、1960年代にはクロディーヌ・ロンジェやセルジオ・メンデス&ブラジル’66、サンドパイパーズなど、多くのアーティストを擁した人気レーベルだった。クリス・モンテスもそこに在籍したひとりである。彼はポップス・ナンバーだけでなく、ジャズ・スタンダードを多くレパートリーに取り入れ、少し大人を対象とした“A&Mのアンディー・ウィリアムス”的な打ち出しをされていた。「Call Me」は、同レーベルでの2作目『The More I See You』(1966年)に収録されていた、“英国のバカラック”の異名もある名ソングライター、トニー・ハッチ作のヒット曲。魅力的なメロディーを生かしたハーブ・アルパートのアレンジ、中性的なソフト・タッチのヴォーカルなど、品の良い仕上がりになっている。
20. Chances Are / Ben Sidran
何かを予感させる軽快なギター・カッティングに、心の温度を少しだけ上げてくれるオルガン。吟遊詩人のようなつぶやき。曇り空の下、珈琲を飲みながら過ごす午前中のカフェや黄昏どきの街角でこんな曲が聞こえてきたら、グレイな気分はちょっとだけ色を変えるに違いない、セヴリン・ブラウンの「Stay」と双璧をなす白人ゆったりグルーヴの最高峰。都会的でジャジーなAORというと、ケニー・ランキンやマイケル・フランクスの名前が思い浮かぶが、フォークやボサノヴァの色濃いふたりに対し、ベン・シドランはブルースやR&Bに造詣が深く、何よりもジャズに根を下ろしているのが相違点だろうか。ともあれ、エクレクティックな態度は初期から一貫している。80年代末、「Chances Are」に惚れ込んだクレモンティーヌが、本人を招いて取り上げたことで広く知られるようになった。
21. Madalena / Sylvia Vrethammar
ギミックスやリル・リンドフォースなど、90年代後半のブラジリアン・ブームの中で発見された北欧産のブラジリアンは少なくないが、スウェーデンの女性歌手、シルヴィア・ヴレタマーもそのひとり。ブラジルを訪れた際にサンバに魅せられた彼女は、本国でブラジリアン・テイストの強いアルバムを制作、それがこの『Dansa Samba Med Mej』(1971年)である。「Madalena」は、1970年にエリス・レジーナが取り上げ、イヴァン・リンスのメロディー・センスを知らしめることとなった名曲。このヴァージョンは冬から春へと向かう時期のような明るさと優しさを感じさせる。アルバムにはシコ・ブアルキやジョルジ・ベンのナンバー、フリー・ソウル・テイストを持つ「Eh la la la la la」などが収められ、スウェディッシュ・ミーツ・ブラジリアンの傑作と言える。
22. Passing By / The Beach Boys
何も起きなかった休日の夕暮れにはこの曲を聴こう。ソファに腰かけて、雲が形を変えながら流れていくのを眺めている。無力感でもなく、虚無感でもなく、孤独はただここにある。心洗われる美しいコーラス・ワークが印象的なこの曲を収録した『Friends』(1968年)は、ブライアン・ウィルソンが名作『Pet Sounds』、さらに実験的なポップス探求を進めた未完の『Smile』以降の混乱を通過し、透徹した穏やかさへと到達した隠れた傑作。チャート的には黙殺されたに等しかった(全米126位)が、90年代以降急速に再評価が進んだ(ピチカート・ファイヴもカヴァーしている)。昨年出版された、心を鎮める音楽をジャンル問わずに紹介した山本勇樹・監修の書籍「Quiet Corner」で取り上げられていたのも印象深い。
23. For No One / Caetano Veloso
ひとりぼっちの午後、あてのない口笛を吹く。その音は虚空に溶けていき、答えはぽっかりと消失したままだ。ポール・マッカートニーと同じ1942年が生年のカエターノ・ヴェローゾは、ビートルズに大きな影響を受けたアーティストで、本曲収録のアルバム『Qualquer Coisa』(1975年)で3曲のレパートリーを取り上げている(ジャケットも『Let It Be』へのオマージュ風だ)が、このポール作品のメランコリック・カヴァーは中でも出色。ここに滲む孤独感や独りの感覚(でも寂しくはない)は、他のカエターノ作品では「London, London」や1986年にNYで録音された弾き語りのノンサッチ盤(「Eleanor Rigby」が「Billie Jean」とメドレーで演奏されている)でも、純度の高い形で表現されている。
24. Speak Low / Monica Zetterlund
ほどよくスウィングするリズムに乗って、フェミニンな香気の薫るヴォーカルを聴かせるブロンドのジャズ・シンガー。その表情には可憐さと凛とした美しさが同居している──。モニカ・ゼタールンドは、スウェーデンでは国民的歌手として知られている。ビル・エヴァンスに憧れ、彼との共演を果たしたエピソードは、昨年公開されたモニカをモデルにした映画『ストックホルムでワルツを』のハイライトとなっていた。そのエヴァンスとの共演作『Waltz For Debby』を始め、彼女はさまざまなスタイルにチャレンジしたアルバムがあるが、ここではスタンダード・ナンバーを英語で歌った『Make Her Swedish Style』(1964年)から。
25. Who Needs You / Claudine Longet
草原を歩く、花柄のドレスをまとった妖精。若草の香りに包まれて、ぼくは彼女にみずいろの恋をした──60年代A&Mの歌姫クロディーヌ・ロンジェは、フランスのパリ生まれ。魅力的なウィスパリング・ヴォイスを武器に、本曲収録アルバムのタイトル曲、ポール・モーリアの「Love Is Blue」をカヴァー・ヒットさせるなどの活躍を見せた。彼女を支えたのは同レーベルを代表するプロデューサーのトミー・リピューマとアレンジャーのニック・デカロ。「Who Needs You」は、ドリーミーな中にどことなくけだるさや憂いを感じさせる見事なソフト・ボッサ・ナンバーに仕上がっている。曲を印象づけるスキャット・フレーズは、フリッパーズ・ギターが引用していた。
26. Ballade De Johnny Jane / Jane Birkin
愛を失って傷つき血を流す心。自身も傷ついているにもかかわらず、彼女のハスキーなウィスパー・ヴォイスは、それでも誰かを癒すように響く──。女優としての活動のみならず、セルジュ・ゲンスブールとのラヴ・ロマンスやその生き方、価値観までもが人々の注目を集めるジェーン・バーキン。キャリアの中で音楽活動も重要な役割を占め、ゲンスブールとのセンセイショナルな「Je T'aime... Moi Non Plus」、フリー・ソウル・シーンでも人気のフレンチ・グルーヴ「Lolita Go Home」などがサバービア・ファンにはよく知られている。この感傷を抱えつつも優しいナンバーは、映画『Je T'aime... Moi Non Plus』でも使われた名曲。2006年に橋本徹は、TSUTAYAとの間で企画された4枚のライフスタイル・コンピレイションCDの選曲を行っているが、橋本自身が「聴くと心が落ち着く」曲を冒頭に並べてあると語っていた『Bed Room Music For Sweet Living』には、この曲がその流れの中に含まれていた。
27. Soirée / Bill Evans
シックな夜会服を着て、品格のある古い邸に集まった男女たち。フェンダー・ローズとスタインウェイの奏でるアール・ジンダース作の優美なメロディーは、年老いた淑女のひとりが身につけている銀のアクセサリーのように鈍い光沢を放つ。『Waltz For Debby』を筆頭に、音楽ファンに永く愛される数々の名演を残したジャズ界随一のリリシスト、ビル・エヴァンスの『From Left To Right』(1970年)は、この心穏やかにしてくれるワルツ・ナンバーのみならず、ミシェル・ルグランの「これからの人生」やタンバ・トリオのピアニスト、ルイス・エサ作のカンファタブルなボッサ・チューン「The Dolphin」なども収められ、エヴァンスのニュー・スタンダードと呼ぶにふさわしいアルバムだ。
28. Quel Temps Fait-Il A Paris / Alain Romans
音楽が呼び起こす風景。ヴァイブとピアノ、テナー・サキソフォンとギターが織りなすクール・ジャズは、遠い海辺の光景をまぶたの裏側に映し出す。それはムッシュ・ユロの過ごす長閑な休暇のように時を止め、ここではない別の世界につながっていくかのようだ──。「Suburbia Suite」の紹介する音楽は、いつも風景やそれを見る心のありようと離れることはなかった。2000年代後半、橋本徹がサロン・ジャズを中心として、アプレミディ界隈で愛されるアンセムから知られざる音源までを集めたコンピレイション・シリーズのタイトルは、「音楽のある風景」と題されていた。その意味でこの曲はサバービア的世界の原風景のひとつと言えるだろう。
Ultimate Suburbia Suite Collection ~ Evergreen Review [DISC 2](waltzanova)
01. The Girl From Ipanema / Laurindo Almeida
オレンジ色に染まる浜辺。陽はすでに西に傾き、浜辺には人影が長く伸びている。そこに響く、軽やかながらも哀愁を含んだ口笛の音色。ローリンド・アルメイダはブラジルのサンパウロ出身、バド・シャンクやチェット・ベイカーなどアメリカ西海岸のジャズ・ミュージシャンとの共演作も多いジャズ・ギターの名手。キャピトルやワールド・パシフィックなどのレーベルにラウンジ・テイストの濃いアルバムを30枚以上吹き込んでいる。アントニオ・カルロス・ジョビンとヴィニシウス・ジ・モラエスが行きつけのバール「ヴェローゾ」をよく訪れていたという少女をモデルにして書いたというこの曲だけでなく、『Guitar From Ipanema』(1964年)は、過ぎ去った時間を回想するような「Old Guitaron」「Winter Moon」など、サウダージを感じさせる曲が聴く者の胸を打つ。
02. Que Pena (Ela Já Não Gosta De Mim) / Gal Costa
生ギターのラグドな感触を活かしたカッティング、しなやかな女性ヴォーカルに寄り添う男声のコーラスが心地よく海沿いの風を運ぶ、ジョルジ・ベン作のアコースティック・ブリージンなボッサ・ナンバー。ガル・コスタとデュエットするのはカエターノ・ヴェローゾ。ふたりとジルベルト・ジル、ムタンチスらが提唱した芸術運動“トロピカリア・ムーヴメント”の中で生まれた名曲「Baby」の従兄妹のような、という形容は果たして適切だろうか。トロピカリアは軍事政権が力を強める当時のブラジルで弾圧を受け、カエターノやジルはロンドンへ亡命を余儀なくされた。ガル・コスタ初のソロ・アルバム『Gal Costa』(1969年)からのセレクション。
03. Who's Afraid / Sue Raney
ザ・ガール・ネクスト・ドア。近所に住む美人で気さくなお姉さん。偶然、彼女と道で出会い、一緒に散歩をすることになったときの感覚。華やかなオーケストレイションとスウィートな彼女の歌声に、うっとりと夢見るような景色が広がっていく。収録アルバム『Alive And In Love』(1966年)は、『雨の日のジャズ』と『お風呂のスー』という昔からジャズ・ヴォーカル・ファンに愛されてきた2枚のレコードで知られる女性シンガーが、インペリアル・レーベルに吹き込んだソフト・ロック~ポップス路線の傑作。バカラック・ナンバー「Walk On By」なども含んだラインナップの中でひときわ輝いているのがこの曲。初期サバービアは、秀抜なデザインや美しい写真を用いたジャケットのレコードを積極的に取り上げ(主宰者の橋本徹もそのことは認めている)、ファンに“ジャケットを見る楽しみ”“レコードを探す楽しみ”“手に入れて飾る楽しみ”を与えてくれた。
04. Me About You / Jackie DeShannon
淡いサックス・ブルーのシャツにプリント柄のネクタイを締めたプレッピー・ガールは、まるでソフト・ロックの妖精。そよ風のように優しげな歌声で胸をくすぐるメロディーを歌い、目の前の風景をパステル・カラーに色づかせる。名ソングライター・チーム、ボナー=ゴードン作の「Me About You」は、タートルズやモジョ・メン、ラヴィン・スプーンフルも歌った名曲で、同名のアルバム(1968年)はジョゼフ・ウィザードとジャック・ニッチェがプロデュース、ニック・デカロとカービー・ジョンソンが多数の曲でアレンジを務めるという、まさに鉄壁の製作体制。ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズと双璧を成すソフト・ロック名盤として、90年代の渋谷界隈で人気を博したのにも深く頷ける。ジャッキー・デシャノンは本作をはじめ60~70年代に20枚近くのアルバムを録音している。
05. Love So Fine / Pete Jolly
ディスク1にはカーニヴァル版が収録されていた、ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズでお馴染みのソフト・ロック・クラシックのカヴァー。ピート・ジョリーは西海岸のジャズ・ピアニストで、エルジー・ビアンキのヴァージョンなどでも知られる「Little Bird」がヒット、ポップな親しみやすさとスウィンギーなグルーヴが持ち味で、Avaレーベルからの3枚のトリオ名義のアルバムは高い人気を誇っている。この曲はA&Mレーベルからの唯一のアルバム『Herb Alpert Presents Pete Jolly』(1969年)からのエントリー。同レーベルのクリスマス・コンピレイション『Something Festive』(1968年)に収録されていた「The Most Wonderful Time Of The Year」も、アプレミディ定番としてファンには知られている。
06. Águas De Março / Elis Regina & Tom Jobim
思わずこぼれる微笑み。歌手とピアニストは、目を合わせながらかけ合いをして歌う。ピアニストが見せるお茶目な表情に、歌手は自然に笑いを浮かべてしまう──そんな素敵なハプニング。南半球で秋の初めに降る雨を歌った「三月の水」はジョアン・ジルベルトの決定的名演が極めつけだが、このヴァージョンも甲乙付けがたい素晴らしさ。ブラジルの国民的歌手が作者自身であるアントニオ・カルロス・ジョビンと共演した1974年の『Elis & Tom』から。「Chovendo Na Roseira」など、曲を通じてのふたりの対話が印象的な曲が多く、滋味深い名盤として知られているのみならず、ブラジル音楽~カフェ・ミュージックを代表するアルバム。ジョアン・ジルベルトのアルバムもそうだが、優れたレコードは一聴しての心地よさと同時に聴き込むごとに感じられる深さを持っている。
07. It's A Most Unusual Day / Beverly Kenney
プレイボーイたちのための歌。キュートでコケティッシュな中に、知性や清楚さを併せ持っているのが彼女の流儀。エリス・ラーキンス(ピアノ)とジョー・ベンジャミン(ベース)の的確なプレイをバックに、インティメイトな歌を聴かせる『Beverly Kenney Sings For Playboys』(1958年)は、編成やウィットに富んだジャケットも相まって人気の一枚。前曲同様、ヴォーカルと伴奏が一体となって生み出す雰囲気が何よりの魅力だ。ビヴァリー・ケニーはルーストに3枚、デッカに3枚のアルバムを残しており、どれもそれぞれに素敵なアルバムである。彼女は従来、ホテル火災で死亡したとされてきたが、近年の研究で睡眠薬自殺したことが明らかにされた。
08. Dia De Chuva / Nara Leão
雨に濡れる美しきボサノヴァのミューズ。雨だれのような跳ねるピアノのフレーズは、カフェでくつろいでいるときの心持ちにぴったり。心を落ち着かせてくれるリラクシンなボッサ・ナンバーは、彼女のキャリアでは中期に当たる1978年の『...E Que Tudo Mais Vá Pro Inferno』から。ロベルト・カルロスの作品を取り上げた作品集になっている。コパカバーナにあった若き日の彼女のマンションには、ロベルト・メネスカルやカルロス・リラなどの友人たちが集まり、そこで鳴らされた音楽はのちにボサノヴァと呼ばれるようになっていった、というエピソードは有名だが、『Meus Amigos São Um Barato』(1977年)など、70年代以降の彼女の穏やかさを湛えたアルバム群は、その後日談として聴くと新たな意味を持って聴こえてくる。
09. Goodbye Sadness (Tristeza) / Astrud Gilberto & Walter Wanderley
悲しみの中にある希望。昨年フリー・ソウル20周年を祝ってリリースされた3枚組『Ultimate Free Soul Collection』は、『Ultimate Suburbia Suite Collection』と対を成すと言ってもいいコンピレイションだが、そこには本ヴァージョンと並ぶこの曲の決定的名演であるセルジオ・メンデス&ブラジル’66版が収録されており、サバービア~フリー・ソウルにとってこの曲が一種のアンセムとなっていることを物語っている。カーニヴァルのリズムが前面に出たブラジル’66版に対し、コーラス部分が印象深いのがアストラッド&ワンダレイ版。誰もが惹かれずにいられない素朴な歌声を聴いていると、胸いっぱいにサウダージが溢れてくる。現在サバービア・クラシックと呼ばれている曲は、90年代の渋谷の街を彩り、今ではカフェ・ミュージックとしても完全に定番化しているものが多いが、それだけ個々の曲が普遍性を有しているということの証左でもあると思う。1966年のヴァーヴ盤『A Certain Smile A Certain Sadness』からのエントリー。
10. Whistle Samba / Luiz Bonfa & Maria Toledo
「Whistle Samba」の持つ、穏やかで自由な感覚。ボサノヴァ・ギター特有の響きと、口笛の持つフィーリング。そこに重なるハーモニーが呼び起こす軽い陶酔感。ルイス・ボンファと彼の奥方マリア・トレードが並ぶレコード・ジャケットは、若草色のアートワークも手伝ってデイヴ・マッカイ&ヴィッキー・ハミルトンのアルバムも連想させる。映画『黒いオルフェ』の主題歌「Manhã De Carnaval」(カーニヴァルの朝)の作曲者として知られるルイス・ボンファがアメリカに活動の拠点を移し、マーキュリーの音楽監督であるボビー・スコットを迎えて制作されたアルバム『Braziliana』(1965年)からのセレクト。マリア・トレードにはソロ名義で残したアルバムもあり、ファンにはそちらも聴きものだ。
11. Linda Em Noite Linda / Os Tres Brasileiros
真夏の夜を過ごすのにぴったりの涼しげで上品なスキャットが、よりカクテルの味を引き立ててくれる。シドネイ、ロベルト、ジャーネの3兄妹からなるヴォーカル・トリオ、オス・トレス・ブラジレイロスが1969年にアメリカでリリースした『Brazil:LXIX』は、スウィングル・シンガーズ風の洒落たヴォーカリゼイションと、アメリカ的にソフィスティケイトされたブラジリアン・サウンドが印象的。ワルター・ワンダレイを思わせるオルガンも素敵なアクセントになっている。
12. Taxi Driver / Joyce
朗らかさと生命力に満ちた女性。たとえ都会の中に生きていても、彼女が持つ生来の溌剌とした個性は変わることがない──。いつでも太陽のような陽気さと清冽な水のような瑞々しさを持つアーティスト、ジョイス・モレーノ。彼女と微笑ましいラップのかけ合いを見せるのは、1950年代にはランバート・ヘンドリックス&ロスで活躍し、その後のジョアン・ジルベルト集やベン・シドラン制作のアルバムでも知られる永遠のヒップスター、ジョン・ヘンドリックス。1991年作『Línguas & Amores』からのセレクト。
13. Por Quem Morreu De Amor / Claudette Soares
愛と微笑みと花。ボサノヴァが1950年代末に大流行したとき、用いられたキャッチフレーズを使いたくなるような眩しい笑顔のジャケット。クラウデッチ・ソアレスは1960年代から活躍する実力派歌手。彼女の伴奏を務めたワルター・ワンダレイと恋仲になったエピソードでも知られている。アーチー・ベル&ザ・ドゥレルズの「Tighten Up」を彷彿とさせるグルーヴィーなイントロ、流麗なストリングスにめくるめくような展開と、一聴して耳を奪われる傑作。アレンジはアルバム『Claudette No.3』全体を通じて才人アントニオ・アドルフォが担当、持ち前のセンスを発揮している。
14 .Hey Você / Tania Maria
ジャズ的な切れ味と響きを見せるホーンとスマートなパーカッション。初期のタニア・マリアがオデオンへレコーディングした『Olha Quem Chega』(1971年)からのポップなブラジリアン・ナンバーには、のちの彼女へとつながるパッションと同時に、瑞々しさや清々しさがより感じられる。タニア・マリアはアシッド・ジャズ期にロニー・ジョーダンがクラブ・ヒットさせた「Come With Me」の印象が強いアーティストだが、サバービア~アプレミディ的な文脈ではフランス・バークレイに吹き込んだ2枚のアルバム、ジョン・レノンの「Imagine」や“静けさ”というタイトルを持つ美しいナンバー「Tranquility」を収録したコンコード・ピカンテ時代の『Tauras』も特筆すべきアルバムである。
15. Maramoor Mambo / Cal Tjader
初期のサバービア・テイストを特徴づけるのがヴィブラフォンの音色だ。マーティン・デニーやレス・バクスターなどのエキゾティック・サウンド、古くはライオネル・ハンプトンからミルト・ジャクソンやデイヴ・パイクのモダン・ジャズまでさまざまだが、ラテン・サイドを代表するアーティストがカル・ジェイダー。アフロ・キューバン的な音の流行にも乗り、ファンタジーやヴァーヴなどのレーベルを中心に数多くのモダン・ラテン・アルバムを録音している。ラテン・ミーツ・ジャズという趣のこの曲は、『Soul Source』(1964年)に所収。思わず腰が動いてしまうような高揚感の一方で、ジェイダーのヴァイブはどこまでも軽やかに滑らかにテンションとムードをコントロールしていく。
16. Brazilian / Bobby Montez
ソフィスティケイテッド・ラテン。「Brazilian」と題された一曲は、胸がときめくようなメロディーとトロピカルなムードが都会の夜を鮮やかに彩る洒落たナンバー。ボビー・モンテスは1960年代にアメリカのウエスト・コーストのクラブで活躍したヴィブラフォン・プレイヤー。クール・スタイルでのプレイはカル・ジェイダーを思わせる。「Suburbia Suite」はボサノヴァ~ジャズ~ラテン~映画音楽など、さまざまなスタイルの音楽を紹介したが、根底にあるのは都会で暮らす人々の生活にフィットするという点だろう。
17. Let's Call The Whole Thing Off / The George Shearing Quintet
1950年代のミッド・センチュリー・モダンのインテリアが配された一室。スピーカーからはラテン・タッチのピアノが聴こえてくる。それはナイト・ラウンジの人々の賑わいをも一緒に伝えるようだ。目の前の彼女とカクテル・グラスを交わせば、彼女のドレスは燃えるような真っ赤なそれに変わるだろうか──。キャピトル・レーベルに多くのレコードを吹き込んだクール・ジャズのピアニスト、ジョージ・シアリングがラテン・フレイヴァーたっぷりの演奏を聞かせる『Latin Affair』(1959年)からのガーシュウィン・ナンバー。名パーカッショニストのアルマンド・ペラサも良い仕事を果たしている。
18. Like To Get To Know You / Spanky & Our Gang
映画『明日に向かって撃て!』の世界を思わせる、オールド・ファッションドなレコード・ジャケット。彼らが扮しているのは、警官隊から逃走を続ける札付きのギャングたちなのか──。エレイン・“スパンキー”・マクファーリンを中心としたグループ、スパンキー&アワ・ギャング。本曲は彼らのハーモニーを上手に生かすよう考えられた、各楽器のトリートメントも素晴らしいソフト・ロック・クラシックである。同名の彼らのセカンド・アルバム(1968年)のプロデュースを務めたのは、ブロッサム・ディアリーやデイヴ・フリッシュバーグとも親交が深く、ファーストでも深く関わっていたヒップスター、ボブ・ドロウ。実際のアレンジはメンバーのマルコム・ヘイルが手がけており、彼ららしい洗練された音作りがなされている。
19. I'll Follow You / Bunky & Jake
昼下がりのグッド・タイム・ミュージック。彼女とグリニッチ・ヴィレッジ周辺を散策中、行きつけのコーヒーハウスへ。さっき立ち寄ったブックストアで買ったペーパーバックをめくりながらコーヒーもう一杯、とオーダーしたとき、店の奥で友人のミュージシャンが奏でていたのはこんな曲だった──。バンキー&ジェイクは、アンドレア・バンキー・スキナーとアラン・ジェイク・ジェイコブズの黒白混成のデュオ。「I'll Follow You」にも表れているように、フォークとジャズをミックスしたオールド・タイミーな音楽性が特徴で、同名義では2枚のアルバムを残している。
20. Plus Je T'Embrasse / The Blue Stars
8人組の男女の生み出す軽妙なスキャットとハーモニーからは、アメリカの自由とフランスのエスプリが薫ってくる。ブロッサム・ディアリーやミシェル・ルグランの姉、クリスチャンヌ・ルグランが在籍した伝説のグループ、ブルー・スターズ。彼らの唯一のアルバムは「Lullaby Of Birdland」などアメリカのジャズ・レパートリーを取り上げ、そこに原曲と関係のないフランス語の歌詞を乗せているのが面白い。彼らがスウィングル・シンガーズやシンガーズ・アンリミテッドら、のちのジャズ・コーラス・グループに与えた影響は計り知れない。楽曲のアレンジは、名匠ミシェル・ルグランとブロッサム・ディアリーが分担して行っている。
21. Amanha / Walter Wanderley Trio
コーヒー豆の倉庫に佇む、3人のタキシード姿の男たち。涼しげなスマートさの一方で、軽やかさや親しみやすさを決して忘れないワルター・ワンダレイのオルガンからは、幸せなヴァイブレイションが満ちてくる。アメリカにおけるボサノヴァの受容は、何と言ってもジョアン・ジルベルトとスタン・ゲッツの共演作『Getz/Girberto』を中心に語られることが多いが、マルコス・ヴァーリ作「So Nice (Summer Samba)」をヒットさせたワンダレイの存在も忘れてはいけない。彼が自らのトリオ名義で1966年にリリースした『Chegança』からの、どこか懐かしさも感じさせるメロディアスなボッサ・チューン。
22. Walkin' One And Only / Dan Hicks & His Hot Licks
諧謔に溢れた伊達男が飛ばす鋭いジョーク。コーヒーとバーボンの香りが漂うオールド・タイミーなアコースティック・スウィング。マンドリンのストロークにウッド・ベースのビート、ヴォーカルとかけ合いを聞かせるヒップなコーラス。そのサウンドは洒脱でありながら時流から外れ、歌詞には毒が仕込まれている──。サンフランシスコ育ちのダン・ヒックスは、シャーラタンズを経て自らのバンド、ホット・リックスを結成、70年代初頭にトミー・リピューマのレーベル、ブルー・サムから3枚のアルバムをリリースした。「Walkin’ One And Only」は1972年作『Striking It Rich』(タイトルからして皮肉が効いている)収録の、彼のテーマ曲とも言うべきナンバー。そう、忘れちゃいけないのはあまのじゃくを貫くことだよね。
23. All I Want / Nick DeCaro
職人気質のマスターが淹れるまろやかな味わいのハンドドリップ・コーヒー。A&Mなどで活躍した名アレンジャー、ニック・デカロが自ら歌った『Italian Graffiti』(1974年)。マイケル・フランクスやケニー・ランキンなどに先駆けたプレAOR的な位置づけをされることが多い作品だが、そのハイブリッドな完成度は驚くほど高い。プリンス~ジェイムス・ブレイクの「A Case Of You」のカヴァーに象徴されるように、近年さらに評価を高めている女性シンガー・ソングライターの最高峰ジョニ・ミッチェルの歴史的名盤『Blue』のオープニングを飾っていたナンバーを取り上げ、スムースかつスマートに料理している。他にもファンク・フィーリングを隠し味として使ったスティーヴン・ビショップ作の「Under The Jamaican Moon」、スティーヴィー・ワンダーの隠れた名曲「Angie Girl」など、その卓越したセンスは40年以上を経過した今だからこそ確かなものとして光り輝く。
24. And You Never Knew / Howdy Moon
ハウディー・ムーンは、のちにソロとしてデビューするヴァレリー・カーターが10代の終わりに結成していたバンド。メンバーは彼女と元フィフス・アヴェニュー・バンドのジョン・リンド、元R・J・フォックスのリチャード・ハーヴェイで、1枚だけアルバムを残して解散した。ほどよいメロウさを湛えたサウンドの中で、ヴァレリーが瑞々しい歌を聞かせる好フォーキー・チューン。フレージングにはリンダ・ルイスやミニー・リパートンなど、女性ソウル・シンガーの影も見え隠れするところが魅力的。ソロ・デビュー後のヴァレリーはいわゆるAOR路線を強めるが、ニーナ・シモンでも知られるファイヴ・ステアステップス「Ooh Child」のカヴァーは一生ものと言える出来映え。
25. La Madrague / Brigitte Bardot
過ぎ去ったひと夏の余韻。情熱的だった季節は終わり、青く光る海と白く輝く雲はもう帰ってはこない。しかし、雨や雪の時期を経てそれは再びめぐってくる──。オルゴールを思わせるような音色と、ブリジット・バルドーのフランス語の響きと優しいメロディー。それは子守唄のように耳をくすぐる。タイトルの“マドラグ”とは地中海でよく見られる定置網のことを意味するが、B.B.はサントロペにある自らの別荘をそのように呼んでいたそうだ。「ふたりの夏にさようなら」の邦題で知られる、1962年のセンティメンタルなサマー・ソング。
26. Under The Blanket / Pisano & Ruff
寒い冬の夜はお気に入りの毛布にくるまって眠ろう。まどろみに落ちる頃には、こんな響きの曲が聴こえているかもしれない──。パイザノ&ラフは、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスのメンバーだったギターのジョン・パイザノとホルンのウィリー・ラフというちょっと変わった編成のデュオ。彼らの唯一のアルバムはほぼ全編、彼らの演奏以外には最小限の音しか加えられておらず、このタイトル曲を筆頭に、子どもたちのコーラスが感動的なロジャー・ニコルズ作「The Drifter」や静かに奏でられるバカラック・ナンバー「I'll Never Fall In Love Again」など、どんなときに聴いてもそっと心に寄り添ってくれるような名演が並ぶ。
27. Man In A Shed / Nick Drake
アイランド・レコードにたった3枚のオリジナル・アルバムを残して夭折した悲劇のシンガー・ソングライター。彼の宝石のような作品群は、そのキャリアを集大成したボックス・セット『Fruit Tree』をきっかけに注目されるようになり、90年代以降はSSW/フォーク/トラッドのみならずジャズ・サイドからの再評価も行われ、やはり若くして亡くなってしまったスコット・アッペルに代表される“ニック・ドレイク・チルドレン”も多数登場した。「Man In A Shed」はファースト・アルバム『Five Leaves Left』に収められていた、ピアノとギターの織りなすフレーズが北国の透明で冷たい空気を感じさせる繊細でメロディアスなフォーキー・チューン。室内楽的なニュアンスも感じさせる、彼の代表曲と呼ぶにふさわしい名作だ。
28. Good For Nothin' Joe / Buddy DeFranco Sextet
永遠に夏の午後2時20分。陽光の射し込むリヴィング・ルーム。カーテン越しに光が揺らめき、壁に幾何学的な模様を作り出している。流れるのは、柔らかなアレンジメントを施された、クラリネットをフィーチャーした穏やかな室内楽的ジャズだ。クールの誕生。それは同時にニュー・センシティヴィティー、新しい価値観の誕生でもあった。レニー・トリスターノやジョージ・シアリングの、簡潔でありながら瀟洒なたたずまいを見せるクール・ジャズや、映画『ぼくの伯父さんの休暇』のテーマ曲で聴かれるようなヴァカンス・サウンドが持っている心地よさと、同質の価値がこの曲には宿っている。
29. And I Love Her / Gary McFarland
のちにガボール・ザボ、カル・ジェイダーとスカイ・レーベルを立ち上げることになるヴィブラフォン・プレイヤー/アレンジャー/プロデューサーが、初期ビートルズのメランコリックなナンバーを室内楽的なアプローチでセンスの良いアレンジでカヴァー。口笛とスキャット、ひとさじ分だけ振りかけられたような寂しさが魅力の秘密。そのムードは、やはりビートルズの「Because」やスティーヴィー・ワンダー「My Cherie Amour」を取り上げた『Today』(1969年)、そのピースフルなジャケットを描いたピーター・スミスとの『Butterscotch Rum』(1971年)にも引き継がれている。1964年のヴァーヴ盤『Soft Samba』から。
30. Like A Lover / Sergio Mendes & Brasil '66
光が射し込んでくるような感覚。心の中にしまわれていた、大切な何かにそっと触れる。心にかかる虹のようなストリングスとピアノ。セルジオ・メンデス&ブラジル’66の3枚目『Look Around』に収められていた珠玉のドリーミー・チューンは、のちに橋本徹がアルゼンチンのカルロス・アギーレやセバスチャン・マッキらの『Luz De Agua』プロジェクトに用いた形容を引用するなら“心の調律師のような音楽”。橋本は今も昔も、音楽にそのような感覚をある意味で求め続けているのではないだろうか、と僕は思う。「Like A Lover」は、カーラ・クックやノーマ・ウィンストンのヴァージョンもアプレミディ・クラシックとして愛されている。