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V.A.『Ultimate Free Soul Blue Note』

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Toru Hashimoto Compilation > Free Soul

Free Soul 20周年とブルーノート75周年を記念して、すでにリリースされ大ヒットを記録中の『Ultimate Free Soul Collection』『Ultimate Free Soul Motown』の兄弟編となる、ジャズ史上に燦然と輝く栄光のレーベル、ブルーノートのグルーヴィー&メロウな珠玉の名品を3枚組・4時間以上におよび満載した(しかも¥2,750+税というナイス・プライス)決定版コンピレイション『Ultimate Free Soul Blue Note』が12/10にリリースされます。モダン・ジャズの名門としての顔を代表する1950〜60年代黄金期のジョン・コルトレーンなどの至上の名作群はもちろん、クラブ・ミュージックの隆盛と共に著しく再評価された1970年代のマイゼル・ブラザーズ制作曲やブラジリアン・フレイヴァー、新たな黄金時代を迎え活況を呈する現代へと連なるカサンドラ・ウィルソン〜ノラ・ジョーンズといったオーガニックな女性ジャズ・ヴォーカルの潮流、21世紀にソウルやヒップホップとの親近性を示しジャズ史を更新するマッドリブ〜ロバート・グラスパー周辺まで、ブルーノートの伝統と革新、粋と洗練が詰まった名高い至宝が集大成された、究極のベスト・オブ・ベスト永久保存版です。アプレミディ・セレソンでお買い上げの方にはもれなく(通販含む)、橋本徹・選曲のスペシャルCD-R『音楽の架け橋 快適音楽 Vol.2』と『クワイエット・コーナー 心を静める音楽 Vol.2』をプレゼント致しますので、お見逃しなく!


『Ultimate Free Soul Blue Note』ライナー(橋本徹) 


『Ultimate Free Soul Blue Note』のリリースに寄せて

Free Soul 20周年とブルーノート75周年を記念して企画された究極の3枚組コレクション『Ultimate Free Soul Blue Note』。名門レーベルのメモリアル・イヤーに相応しくジャズの現在・過去・未来を行き来しながら、グルーヴィー&メロウなFree Soulとの親和性も大切にした、決定版コンピレイションを作ることができたと思う。
それは、ロバート・グラスパー・エクスペリメント『Black Radio』のグラミー受賞に象徴されるように、新たな黄金期を迎え活況を呈する現代のジャズ・シーンへの道のりをひもとくような選曲でもある。現在進行形のジャズを知れば知るほど、聴けば聴くほど、このセレクトにこめられた意味が伝わってくるはずだ。特にディスク3は、90年代以降のブルーノートを牽引してきた顔ぶれを、できるだけその文脈がわかりやすいように集めてみた。必然的にヒップホップやR&B、そしてFree Soulとの親近性を強く感じさせる名作が揃ったことは、言うまでもない。

実は僕は2004年にも、5枚のブルーノート・コンピを選曲させてもらっている。1950~70年代の音源で構成したディスク1とディスク2は、そのときのセレクションにも収めた音源がほとんどだから、各曲の紹介に代えて、10年前に寄稿した『Free Soul. the classic of Blue Note』『Free Soul. the classic of Blue Note 2』『Mod Jazz from Blue Note』のライナーを、僕のジャズとブルーノートとの馴れそめを著した文章と共に再掲させていただく(同時にリリースされた『Blue Note for Cafe Apres-midi』と『Blue Note for Apres-midi Grand Cru』も、メロウネスやブラジリアン・フレイヴァーに心地よく目配せした内容で、とても気に入っているが、雰囲気を優先させてライナーは付けず、エッセイのみを掲載していた)。Free Soulにとって極めて重要な、サウンド・プロデューサーとしてのマイゼル・ブラザーズやデューク・ピアソンらの功績などについて、たっぷりと書いているから、当時の僕の日記をたどるように読んでいただけたらと思う。

考えてみれば、2012年にドン・ウォズが社長に就任してからのブルーノートは、言葉本来の意味でのFree Soulそのものだ。「J Dillalude」に始まったロバート・グラスパーによるジャズとヒップホップ世代を結ぶ冒険は、エリカ・バドゥをフィーチャーしてアビー・リンカーン「Afro Blue」をカヴァーすることで新しい段階へと進み、よりディアンジェロ~ソウルクエリアンズの流れのネオ・ソウルと近接するようになり、その背景にはカサンドラ・ウィルソン~ノラ・ジョーンズから連なるオーガニックな潮流が浮かび上がっている(ディスク3に並ぶフィーチャリング・ヴォーカリストの顔ぶれに注目してもらえば、それは一目瞭然だ)。Q・ティップの『Renaissance』にディアンジェロやノラ・ジョーンズと共に、ロバート・グラスパーとデリック・ホッジが参加していたことも、特筆に値するだろう。ハービー・ハンコックとJ・ディラを融合する試みは、ヒップホップやソウル・ミュージックのジャズ・ミュージシャンによるリミックス(再解釈)という様相へと、発展を遂げてきた。『Black Radio』はジャズとポップ・ミュージックの関係が再編され、アーバン・ブラック・ミュージックとして連結した瞬間の素晴らしい記念碑、と言っていいのだろう。
ジャズの歴史を更新していくことになる新たな才能の登場に尽力した二人、A&Rのイーライ・ウルフとプロデューサーのブライアン・バッカスも讃えておきたい。90年代からヒップホップ~クラブ・ミュージック以降の、言ってみればレア・グルーヴ的な観点によってリイシュー&コンピを企画し、ロニー・ジョーダン(UKアシッド・ジャズの流れを汲む彼をジェイムス・ボイザー&ヴィクター・デュプレーのようなネオ・フィリー勢と出会わせたのは慧眼だった)やDJ・スマッシュと契約し、リミックス・プロジェクトの金字塔と言うべきマッドリブ『Shades Of Blue』(『Black Radio』にも多大な影響を与えたはずの名盤で、今聴いても最高すぎる)と4ヒーローやJ・ディラやマッドリブが名を連ねる『Blue Note Revisited』を送りだしたのがイーライ・ウルフ。彼は今回ウェイン・ショーター「Footprints」のカヴァーを収録したテレンス・ブランチャード『Bounce』を機に、ロバート・グラスパーをブルーノートに迎え入れることになる(そしてデリック・ホッジも)。ブライアン・バッカスはテリー・キャリアーのトーキング・ラウドからの復活作『Timepeace』も手がけていたことを、ぜひ強調したい。そんな彼が、ブルーノート史上最高のセールスを記録したノラ・ジョーンズの成功によって、オーガニックなジャズ・ヴォーカル人気を先導し、最近はグレゴリー・ポーターのプロデュースも手がけているのだ。

最後に、参考までに惜しくも選にもれたアーティストにも触れておこう。リリース日に間に合うスケジュールでアプルーヴァルが届かなかったのが、アンドリュー・ヒルとブライアン・ブレイド&ザ・フェロウシップ・バンド。タイム・オーヴァーで断念したのが、チャーリー・ハンターとノラ・ジョーンズによるロキシー・ミュージック「More Than This」のカヴァー、ロニー・ジョーダンがロイ・エアーズ本人を迎えてリメイクした「Mystic Voyage」、それにアンブローズ・アキンムシーレ&ベッカ・スティーヴンスだった。ディスク3のラスト・ソングは、カサンドラ・ウィルソンの大好きなニール・ヤング「Harvest Moon」のカヴァーと悩みに悩んだ末、マイルス・デイヴィスに敬意を表して、シンディ・ローパー「Time After Time」のカヴァーとした。


2004年夏、ブルーノート65周年に寄せて(橋本徹/2004年)

“The Finest In Jazz Since 1939”というキャッチフレーズに相応しい素晴らしい作品を長きにわたりリリースしてきた名門ブルーノート・レーベル。その輝かしい栄光を支えてきたのは、ジャズへ熱い思いを寄せる創設者のアルフレッド・ライオン、サウンドを限りなくリアルに音盤に刻みつけた録音エンジニアのルディー・ヴァン・ゲルダー、シャープでモダンなレコード・スリーヴを作り上げたカメラマンのフランシス・ウルフとデザイナーのリード・マイルス、この4人の存在だ。
僕も彼らのジャズへの愛情に魅せられて、20年近くの間、数々のブルーノート名盤を愛聴してきた。でも熱心なジャズ・ファンではあるけれどレーベルのコンプリート・コレクターではなく、いちリスナーにすぎない自分が、ブルーノート創立65周年というこの記念すべき機会に、好きな曲を集めた5枚の編集盤の選曲をすることができたのは、奇跡的に幸せなことだと思う。この場を借りて、関係者の方々に心から感謝したい。

僕がモダン・ジャズに興味を持ち始めたのは、大学生になってからのこと。ジャズに関する知識を全く持ち合わせていなかったティーンエイジャーの頃の僕は、まずジャケットの美しさに惹かれてブルーノートのレコードを集めるようになった。まだクラブ・カルチャー前夜だったので、もちろん1500番台から。
まず目に止まったのは、やはりソニー・クラークの『Cool Struttin'』だった。このジャケット写真の魅力は、ただ単に女性の脚線美ということにあるのではない。普段から何気なく見慣れてしまっている日常の光景の中に思わぬ美を発見しているところが素晴らしいのだ。これを撮影したのがフランシス・ウルフではないと知ったときは驚いたけれど、構図に対してコンシャスなリード・マイルスの大胆なトリミング、独自のパースペクティヴが、このデザインを芸術的な域にまで高めている。
アンディー・ウォーホルのイラストの涼しげなタッチとカラーリングが鮮やかなケニー・バレルや、その頃に大好きだったジョー・ジャクソン『Body And Soul』のジャケットのアイディア・ソースだったソニー・ロリンズもすぐに手に入れた。その次に触手が動いたのは、幾何学ジャズのギル・メレだったか、ズート・シムズとも好共演していたドイツの女流ピアニストのユタ・ヒップだったか。どちらが先だったかは忘れてしまったけれど、いずれにしてもブルーノートには珍しい白人ミュージシャン。すっきりとクールなジャケット・デザインが当時の僕の好みに適っていた。そんな中に唐突に、ジャケットがカッコ良いという理由だけで、4000番台のエリック・ドルフィー『Out To Lunch』やハービー・ハンコック『Maiden Voyage』が混ざっていたのが、まだブルーノート盤が10枚も並んでいなかった頃の僕のジャズ・ライブラリーだ。

そのうちにジャズの専門誌や名盤ガイドなどを見るようになって、いわゆる“歴史的傑作”に手を伸ばすようになる。それでも“ゴールド・ディスク”と言われるような類が多すぎて、何から聴けばいいか正直わからなかったので、ジャケットが好きなレコードから集めていくことにした。やはり1500番台が多かった。
他レーベルの作品まで探して聴くようになるほど、その独特なタイム感覚の魔力に取りつかれてしまったのは、“バップの高僧”セロニアス・モンク。ハル・ウィルナーがプロデュースしたモンクのトリビュート盤『That's The Way I Feel Now』に、僕の好きなアーティストがジャンルを越えて多数参加していたから、親しみ深かったのだろうか。“モダン・ジャズ・ピアノの開祖”バド・パウエルや、“オルガンのチャーリー・パーカー”ジミー・スミスは、そのときはなぜか素通りしてしまった。
これだと思ったのは、1500番台の幕開きを告げたマイルス・デイヴィスの「Dear Old Stockholm」。まさに“ハードボイルドな叙情”。キャノンボール・アダレー名義の「枯葉」も、“水晶のように繊細に研ぎ澄まされたマイルスのミュート・プレイ”というような紹介文を何度となく読んでいたので、本当にどきどきしながら針を下ろした。そして初めてターンテーブルにのせたときから大好きだったのが、ジョン・コルトレーンの「Moments Notice」。その後ファラオ・サンダースの『Rejoice』に収められたヴォーカル入りカヴァー・ヴァージョンで、コルトレーンの名が歌われているのを聴いたときは、そのポジティヴな響きに目頭が熱くなった。サラヴァ・レーベルのフレンチ・ジャズ・ピアノのオムニバス盤『Pianos Puzzle』で、ルネ・ユルトレジェのダイナミックなカヴァー演奏を聴いたときも鳥肌が立った。
そうしたモダン・ジャズの“歴史的傑作”を聴き進むうちに、60年代前後にジャズ喫茶で人気を集めた曲が、ジャズ・ジャーナリズムの世界でも“基本”として紹介されていることがわかってきた。そんな中でハンク・モブレーの「Recado Bossa Nova」は、僕の趣味と“基本”が幸運にも一致した例だろう。最近もクラブDJの際に、エキサイティングに疾走するハロルド・メイバーン・トリオのヴァージョンでヘヴィー・プレイしているほど。ジョー・ヘンダーソンの「Blue Bossa」などは僕には少し切なすぎて、同じ『Page One』の収録曲なら「Recorda-Me」に軍配を上げたくなる。リー・モーガンが復帰を遂げた『The Sidewinder』も、ブルーノートのジャズ・ロック路線を誕生させた大ヒット作だけれど、僕は昔からその3年後の自作のカリプソ・ナンバー「Ca-Lee-So」をより愛していたりするのだ。

そんな“基本”の中でも極めつけというか、定番と言えるのが、ジャズ・メッセンジャーズとその人脈によるハード・バップ〜ファンキー・ジャズだろう。僕もアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの『A Night In Tunisia』に収録されたボビー・ティモンズ作の「So Tired」が好きで、何度もそのアルバムを聴いているうちにバド・パウエルの「A Night In Tunisia」を聴き直してみたくなったり、「Nica's Dream」をジャズ・メッセンジャーズでの吹き込みとホレス・シルヴァーのリ-ダ-作で聴き比べてみたり、というのは懐かしく楽しい思い出だ。そんなことを繰り返しているうちに、自分はハード・バップの中でもアフロ・キューバン・ジャズ寄りのテイストが好きなことに気づいたりもした。そして大好きなケニー・ドーハム『Afro-Cuban』でのオクテット演奏による「Minor's Holiday」と、カフェ・ボヘミアのオリジナル・ジャズ・メッセンジャーズにフィーチャーされたドーハムの「Minor's Holiday」のソロを聴き比べたりしている頃、“ジャズで踊る”というロンドン・クラブ・シ-ン発のムーヴメントがニュースとして伝わってきた。しかも『Afro-Cuban』の中の「Afrodisia」がシーンの聖典的ナンバーになっているという。そのときに感じた何か胸さわぎのような心の震えは、今も忘れることはできない。それはレア・グルーヴからの流れと結びついて、アシッド・ジャズ時代の到来を準備するものだった。
その頃から僕の興味も、4000番台のカタログの中でも、オルガンをメインに据えたソウル・ジャズやブーガルーへと移行していった。当時よく聴いていたFMプログラムで、そうしたファンキーでブルージーなブルーノート音源を、パーソナリティーのピーター・バラカン氏が興奮気味にオンエアしていたのを憶えている。そんな中で敢えてフェイヴァリットのオルガン・プレイヤーを挙げるとしたら、僕はロニー・スミス。ヒュー・マセケラのカヴァー「Son Of Ice Bag」や、彼の歌も渋いライヴ録音「Move Your Hand」を初めて聴いたときは武者震いするほどしびれた。

そして90年代を迎え、クラブに音楽を聴きに行くようになると、僕の好奇心は自然と70年代のいわゆるBN-LAシリーズへも広がっていった。クラブ・プレイされるジャズ・ファンクの中でも、ドナルド・バードやボビ・ハンフリーとラリー・マイゼルのスカイ・ハイ・プロダクションズのコラボレイション作は、僕にとって特別な存在になった。デューク・ピアソンの「Sandalia Dela」やモアシル・サントスの「Early Morning Love」をきっかけにブルーノート産のブラジリアン・サウンドにも夢中になった。それまでは白人女性歌手シーラ・ジョーダンの「Falling In Love With Love」のような可憐な表情をこよなく愛していたジャズ・ヴォーカルも、マリーナ・ショウのようなヒップなジャジー・ソウルが肌に合うようになってきた。クラブ・ジャズ系のアーティストがカヴァーする作品があればすべて聴いたし、ヒップホップのサンプル・ソースも気になって片っ端からチェックするようになった。中でもサンプリングという行為から生まれる音楽の魔法や感動を僕に実感させてくれたのは、ボビー・ハッチャーソンの「Montara」をサンプルしたスチャダラパー、ロニー・フォスターの「Mystic Brew」をサンプルしたトライブ・コールド・クエスト、ドナルド・バードの「Think Twice」をサンプルしたメイン・ソース、そして比較的最近ならアンドリュー・ヒルの「Illusion」をサンプルしたアンダーウルヴズといったところだ。デザインのサンプリングならハンク・モブレー『The Turnaround』を使ったビートナッツが有名だろう。
そうした90年代前半の体験の中で、僕は価値観の逆転という快感を十分すぎるほど味わうことができた。それは僕の音楽生活にとってはもちろん、音楽史においても“革命”だった。そんな気分を受けて、93年にBN-LAシリーズを題材にしたコンピレイション『Blue Saudade Groove』『Blue Mellow Groove』『Blue Bitter Groove』の監修・選曲に携わることができたのは幸福だった。新しい聴き方、新しい価値観を示すコンピ作りは、本当に楽しい作業だった。

その選曲の過程で、僕の中で再びクローズアップされてきたアーティストがいた。デューク・ピアソンとホレス・シルヴァーだ。まずはピアソン関係の一連の作品──彼は65年以降ブルーノートのA&Rに就任して数多くのプロデュースを手掛けている──をできるだけ聴き返してみた。59年の『Tender Feelin's』は「I Love You」を始め、スマートで洒落たセンスと粋なメロウネスに満ちたモダン・ジャズ・ピアノ・トリオ最高の一枚だったし、67年の『The Right Touch』はクラブでよく耳にしていたダンス・ジャズの古典「Chili Peppers」はもちろん、ラテン・タッチの「Los Malos Hombres」なども素晴らしかった。そして改めて“世紀の傑作”と感じ入ってしまったのが68年の『The Phantom』。「Lamento」や「It Could Only Happen With You」へと連なるジャズ・ボサの萌芽が見える「Los Ojos Alegres」なども絶品だけれど、「The Phantom」に至ってはモ-ダル・ジャズの魅力にこれほどまで深く浸れたのは初めてかもしれないと思うほど衝撃的だった。さらにその衝撃は、ピアソンがアレンジャーを務めたドナルド・バードの『A New Perspective』に久しぶりに針を落とした瞬間に訪れる。リード・マイルスがフェイヴァリット・ジャケットに挙げていたので、随分以前に手に入れていたけれど、実はほとんど聴いていなかったアルバム。「Elijah」の冒頭のコーラスを聴いた途端、何か身震いするような思いに駆られた。ピアソンが後にセルフ・カヴァーする「Christo Redentor」の神聖な響きにも強く惹かれた。マーティン・ルーサー・キングの葬儀にも使用されたということは後で知ったけれど、“スピリチュアル”という言葉が頭をよぎった。

ホレス・シルヴァーは70年代においても、ジャズの持つスピリットのような何かを最も保持しているような印象を受けた。BN-LA期最初の一枚のタイトル曲「In Pursuit Of The 27th Man」は、モダンでありながらプリミティヴな力強さを携え、ジャズ本来のビターなリリシズムを感じさせるし、そのアルバムにはモアシル・サントス作の5/4リズムの名曲「Kathy」や、ニーナ・シモンの音楽監督だったウェルドン・アーヴァインが書いた「The Liberated Brother」も含まれている。『Silver‘N’』4部作にも、ハードボイルド・タッチのファンク・ジャズ「The Sophisticated Hippie」やタック&パティがカヴァーした「Togetherness」といった名曲があるし、カーティス・メイフィールドらのニュー・ソウルと共振する“人心連合”3部作にも、4ヒーローがカヴァーしたテリー・キャリアーやジョン・ルシアンを彷佛とさせるスピリチュアル・ワルツ「Won't You Open Up Your Senses」や、真摯なメッセージ・ソング「Peace」がある。当然のことながら、シルヴァーは50〜60年代のファンキー・ジャズだけではないと再認識したのだ。
スピリチュアルというキーワードが浮かび上がり、ホレス・シルヴァーを再評価していくと、次にどうしても気になってきたのはマッコイ・タイナーだった。ファラオ・サンダースなどとのセッションで僕が大好きな音色を奏でてくれるジョー・ボナーやジョン・ヒックスといったピアニストたちの師にあたるのが彼。BN-LAシリーズのトップを飾った『Extensions』のオ-プニング曲「Message From The Nile」は、アリス・コルトレーンのハープも美しい僕のフェイヴァリット・ナンバーだ。ダンス・ジャズとしても圧倒的な神通力を持つ「African Village」あたりを皮切りに、彼の作風は次第にアフロセントリックな指向を強めていくのだけど、アフロ・スピリチュアルというテーマなら、『The African Beat』でアート・ブレイキーが惚れ込んだナイジェリア出身のソロモン・イロリの名を挙げないわけにはいかない。心の奥深い部分まで優しくメディテイティヴに染み渡る「Ise Oluwa」や「Tolani」が美しい。リーダー・アルバム『African High Life』のミュージカル・ディレクターはドナルド・バード『A New Perspective』も手掛けたコールリッジ・パーキンソン。その符合に気づいたときはとても嬉しかった。

そして時が経って、自分がカフェやレストランを始めてからは、よく聴くブルーノートのレコードも少しずつ変わってきたような気がする。ギタリストのグラント・グリーンを例に取れば、クラブ・ユースでとっておきのフロア・キラーとして切り札になるジェイムス・ブラウンのカヴァー「Ain't It Funky Now」に代表されるファンキー・チューンから、プ-チョ&ザ・ラテン・ソウル・ブラザ-ズの音楽監督ニール・クリーキー作のピースフルなメロウ・グルーヴ「Cease The Bombing」や、マッコイ・タイナーを始めコルトレーン・グループ出身のリズム隊をバックにしたバート・バカラック作のワルツ・ジャズ「Wives And Lovers」へ、という具合に。
中でもかつてはあまり良さがわかっていなかったのかもしれないと思うほど、最近になって心の底から好きだなと思えるのは、いわゆる“新主流派”のアーティストたちの演奏だ。まるで美しい詩や絵画のような音楽、とさえ思う。例えばスリーヴ・デザインが好きでもう20年近く前に手に入れたハービー・ハンコックの「Speak Like A Child」や「Dolphin Dance」を、僕は毎週のように聴いている。「Cantaloupe Island」が流れてくれば、プーチョ&ザ・ラテン・ソウル・ブラザーズのカヴァーに狂喜したのを昨日のことのように思い出すし、「Mimosa」が聴きたくて『Inventions And Dimensions』を取り出せば、ジャケットを見てヤング・ディサイプルズを思い浮かべる。
考えてみれば、このところ月に一度は針を下ろすボビー・ハッチャーソンの「Maiden Voyage」も、20年近く前にジャケットの黒人女性のポートレイトが気に入って手にしたレコードだ。デューク・ピアソン「The Phantom」のヴァリエイションを探して不朽のモーダル・ワルツ・ジャズ「Effi」に魅了されるはるか前のこと。「Jazz」や「A Night In Barcelona」以外にも最高な曲ばかりの『San Francisco』も、一時期ターンテーブルで廻り続けていた。その前作『Now!』には、マーカス・ガーヴィー、マルコム・X、キング牧師に捧げられたユージン・マクダニエルズが歌う「Black Heroes」が収められている。「Montara」の素晴らしさはもはや説明の必要がないだろう。大好きなヒップホップ・バンド、ルーツがブルーノートのリミックス企画でこの曲を取り上げていたのも心躍るニュースだった。
話が少し逸れてしまったけれど、ジャズに優雅さや気高さを求めたくなるリスニング・シチュエイションのとき、“新主流派”の音楽はブルーノートの至宝のように光り輝く、そうは思わないだろうか。真夜中にひとり、灯りを落とした誰もいない空気の綺麗なバ-で、グラス片手に静かなひとときをすごすなら、僕は例えばウェイン・ショーターの「Dance Cadaverous」に耳を澄ませたい。でなければアンドリュー・ヒルがブルーノートの創業者アルフレッド・ライオンに捧げた「Alfred」。そう思うような歳になってしまっただけのことなのかもしれないけれど。


Free Soul. the classic of Blue Note(橋本徹/2004年)

オープニングを飾るのは、長い間ブルーノートを代表するピアノ・トリオ、スリー・サウンズで活躍したキーボード奏者ジーン・ハリス。スティーヴィー・ワンダーの76年の大作にして名作『Songs In The Key Of Life』に収録された人気曲「As」をいち早く、ギター・カッティングを効かせてグルーヴィーにカヴァーしている。Free Soul Undergroundではこの曲をレア・グルーヴDJのノーマン・ジェイがリコンストラクトした「Hipness」というトラックも絶大な人気だ。70年代BN-LA期のジーン・ハリスは、ロニー・フォスターと共にスティーヴィーの影響を随所に強く感じさせる。
兄のヒューバート、妹のエロイーズとロウズ3兄弟を形成するロニー・ロウズの「Always There」は、70年代にはミキ・ハワードが在籍したサイド・エフェクト、90年代初頭のアシッド・ジャズ隆盛期にはガラージの歌姫ジョセリン・ブラウンをフィーチャーしてインコグニートにカヴァーされ、ダンスフロアを華やかに盛り上げた。このオリジナル・ヴァージョンもクラヴィネットのファンキーなアクセントが強力な無敵のグルーヴ。ロニー・リストン・スミスの「Expansions」などと並んでジャズ・ファンク・リヴァイヴァルの象徴的存在となった。
ドナルド・バードの「You And Music」は、彼がラリー&フォンス・マイゼル・ブラザーズと共に打ち立てた金字塔的名盤『Places And Spaces』から。イントロのブレイクから切れ味シャープなビートは、スカイ・ハイ・プロダクションズのリズム隊、チャック・レイニーとハーヴィー・メイソン。マーヴィン・ゲイ「What's Going On」以降のメロウ・フィーリングを滲ませる甘美なサウンド・メイキングに胸が熱くなる至福の一曲。
ブラジルのマルチ・プレイヤー、モアシル・サントスのスリリングな5拍子の名作「Kathy」は、ブレイク入りのビター・グルーヴ「Off And On」にも通じるその洒落たビート・センスのみならず、フルートと女声コーラスが醸し出す切ない情感とそこはかとない哀愁が素晴らしい。プロデュースはデューク・ピアソン。ホレス・シルヴァーのカヴァーも、印象的なピアノのリフレイン、デヴィッド・フリードマンのヴィブラフォンが都会の夜の翳りを映し出す絶品。
クラシックス・フォーのソフト・ロック名曲「Stormy」のデューク・ピアソンによるカヴァーは、彼のブラジリアン・セッションの中ではアブストラクトな印象が不思議な余韻を残す。ジョージー・フェイムやサード・ウェイヴなど、この曲にはメランコリックなボサ風味のカヴァーが多いけれど、これはフローラ・プリムのはかなげな歌声とエレピがクールに彩るソフト・ファンキー・ブラジリアンの逸品。
ロニー・フォスターの「Tuesday Heartbreak」は、ジョージ・ベンソンをプロデュースに迎えたスティーヴィー・ワンダーのインスト・カヴァー。ファンキーなブレイクに始まるタイトなビートから、テンポ・チェンジして軽快なサンバ・リズムへと展開し、グルーヴィーなキーボード・ソロが絡む。再びクールダウンして訪れるエンディングは、雨上がりにのぞく青空のような清々しさ。マッドリブがリメイクしたのも記憶に新しい。
ボビ・ハンフリーの至高の名盤『Blacks And Blues』からの「Harlem River Drive」は、プロデューサーのラリー・マイゼルに魔法をかけられたかのような決定的な一曲。コーラス、フルート、キーボードが有機的に重層的に織りなされグラデイションを描く様は、まるで美しいタペストリーが紡がれていくよう。チャック・レイニー&ハーヴィー・メイソンが繰り出すグルーヴも、深くクールに、その陶酔的な音像に溶け込んでいく。
存在感のあるベース・ラインに導かれるドナルド・バードの「(Fallin' Like)Dominoes」も、ラリー・マイゼル率いるスカイ・ハイ・プロダクションズのサウンド・マジックに引き込まれる傑作だ。ニュアンス豊かなユニゾン・ヴォーカル、伸びやかで少しはかないホーン、センティメンタルなストリングスが胸を打つ。数々のヒップホップ・アーティストにサンプリングされ、クラブ・ジェネレイションにはお馴染みのジャズ・ファンク・クラシックと言えるだろう。
ブルーノートに最も多くのアルバムを吹き込んでいるギタリスト、グラント・グリーンの「Ain't It Funky Now」は、ご存じJBナンバーのファンキー・カヴァー。熱くブルージーなコード・カッティングが生み出す太いグルーヴに絶対に腰が動いてしまう。ロンドンのレア・グルーヴ・シーンでもダンスフロアを揺るがしたキラー・チューン。
そしてキラー・チューンと言えばこの曲、ロニー・スミスの「Move Your Hand」。10年くらい前はこういう曲でフロアが一番盛り上がった。引き締まった乾いたビートに、しわがれ声とファンキー・オルガン、アーシーなサックスにブルージーなギター。ゆったりとうねるグルーヴが神がかり的なカッコ良さ。ジャズ・ファンク・リジェンドが次々に来日公演を果たしたのも懐かしい思い出だ。
続くデューク・ピアソンの「The Phantom」も完璧な一曲。ヴァイブ、フルート、ピアノのヒップで少しサイケなアンサンブル。麻薬的なベース・ラインを軸にしたストイックなグルーヴ。ジャイルス・ピーターソンが絶賛していたのもうなずける、モーダル&スピリチュアルの極み。この曲の虜になったのをきっかけに、ボビー・ハッチャーソンの「Effi」のような隠れた名作に触手を伸ばしていくことができたのだ。
マリーナ・ショウの「Feel Like Makin' Love」もヒップ&メロウな味わいが筆舌に尽くし難い。もちろんユージン・マクダニエルズが書いてロバータ・フラックが歌ったヒット曲のカヴァーだけれど、これはブルーノート女性ジャズ・ヴォーカル屈指の名唱、ジャジー・ソウルの記念碑と言えるだろう。気怠く渋い歌声と甘美に揺れるフェンダー・ローズの音色がメイク・ラヴの世界へ誘ってくれる。
ロニー・フォスターの「To See A Smile」は、「Golden Lady」「Tuesday Heartbreak」のインスト・カヴァーを吹き込んでいる彼が、自作のヴォーカル曲というスタイルで、敬愛するスティーヴィー・ワンダーへオマージュを捧げたような、音楽愛あふれる一曲。歌の節まわしもメロディーもコード進行も、微笑ましくなってしまうほど。爽やかなサウダージ風味が漂う作風もスティーヴィーと共通するもので、間奏のキーボード・ソロから香り立つ、プレイヤーとしてのグルーヴィーな個性と抜群の相性を示している。
 ジャズとソウルとポップスが隣接・融合したロサンゼルスの音楽シーンで、バック・ヴォーカリストとして活躍したマキシ・アンダーソンの「Lover To Lover」は、ミニー・リパートンやシェリー・ブラウン、パトリース・ラッシェンなどを思わせるライトなジャジー・ソウル。優しく爽やかな女性ヴォーカルがコケティッシュな心地よい光を放っている。ストリングスが印象的なアレンジを手掛けたのはジーン・ペイジ。
 続いてはドナルド・バードのメロウでアダルトなジャジー・ソウル「Think Twice」。完全にラリー・マイゼルのカラーに染められた、女性ヴォーカルをフィーチャーした極上のアーバン・ソウルと言ってもいいだろう。気怠く妖しい情事の終わりを予感させる哀しげな音像が夜のムードを演出する。印象的なベース・ラインをメイン・ソース、そしてK-クリエイティヴがサンプリングしたときは、その自由で独創的なアイディアに感動したのを憶えている。
ラストを飾るのは、やはりスカイ・ハイ・プロダクションズ制作によるボビ・ハンフリーの「You Make Me Feel So Good」。幻想的なピアノのイントロに始まる、はかなくも美しいこの曲は、ラリー・マイゼルのメロウ・マジックの真骨頂、リフレインの魔力が研ぎ澄まされた珠玉の名作だ。コーラスもキーボードも、まるで映画のエンディングのように甘美で感傷的な旋律を奏でている。「午前4時に聴きたい曲No.1」とかつて友人が言っていたけれど、全く同感だ。


Free Soul. the classic of Blue Note 2(橋本徹/2004年)

オープニングを飾るのは、70年代半ばにホレス・シルヴァーがグループのメンバーを一新して吹き込んだ『Silver‘N』シリーズの3作目『Silver‘N Voices』から、タック&パティもカヴァーしたポジティヴなラヴ・メッセージ・ソング。アコースティック・アンサンブルにコーラスをフィーチャーした開放的なメロディーがまばゆいばかりで、転がるような生ピアノのシルヴァー節にも思わず口許が緩む、活き活きとした勢いに満ちたナンバーだ。ミュージシャン仲間やファンからも好評だったという『Silver‘N』4部作には、ときおりアコースティック・ピアノによる“人心連合”という趣さえ漂わせる彼のソングライティング・センスが光っている。
スティーヴィー・ワンダーの人懐こいメロディーをロニー・フォスターのよく歌うオルガンが奏でる「Golden Lady」は、爽やかなサウダージ・フレイヴァー香る逸品。弾むようなリズムに乗って歯切れよいキーボード・タッチと華やかなホーン・セクションが繰り広げるドライヴ感あふれるアンサンブルが抜群だ。プロデュースを手掛けたのはジョージ・ベンソン。ホセ・フェリシアーノによる絶品ヴァージョンに象徴されるように、この曲のブラジリアン・アレンジによるカヴァーはすっかり定番解釈として浸透している。
続く「You Are The Sunshine Of My Life」も、70年代にしばしばジャズメンやブラジルのミュージシャンにカヴァーされたスティーヴィー・ワンダーによる耳慣れたメロディー。ボビ・ハンフリーのさらりとしたフルートにかすかなサウダージ風味が漂い、フィル・デイヴィスのムーグが軽いアクセントに使われた微笑ましくなるような小品だ。サウンド・プロデュースはもちろんラリー・マイゼル率いるスカイ・ハイ・プロダクションズ。この曲はマリーナ・ショウが『Live At Montreux』でフェンダー・ローズをバックに歌っているのも特筆に値する。またボビ・ハンフリーがBN-LA以前の72年に吹き込んだ、『Dig This』収録のスティーヴィー・ワンダー〜シリータのカヴァー「I Love Every Little Thing About You」やユセフ・ラティーフ版も最高な「Nubian Lady」の素晴らしさもここに書き記しておこう。
グラント・グリーンの「Never Can Say Goodbye」は、ご存じジャクソン・ファイヴのメロウ・サイドを代表する名作のジャズ・ギターによるリメイク。この曲やカーペンターズが歌ったロジャー・ニコルス作の名曲「We've Only Just Begun」のカヴァーを含む71年盤『Visions』は、エンジニアのルディー・ヴァン・ゲルダーに「これほど素晴らしいグリーンのプレイは見たことがない」と言わしめた、ハートフルでメロディアスなグリ-ンの決定打と言える一枚だ。パーソネルもときめくような顔ぶれで、ヴァイブ奏者はカルト名盤『In This World』などで知られ、ヒップホップのトラック・メイカーからも熱い視線を浴びる、あのビリー・ウッテン。
ジーン・ハリスの「Peace Of Mind」も、雨上がりの空から柔らかく降り注ぐ陽射しのようなエレピとコーラスの優しいメロディーに包まれるピースフルな一曲。彼のスリー・サウンズ時代を含む長いキャリアの中でもブルーノート最終作となった77年の『Tone Tantrum』からで、そこではスティーヴィー・ワンダーの名曲「As」やデューク・ピアソン〜ドナルド・バードの重要作「Christo Redentor」もカヴァーされている。彼のブルーノート作品では、初めて“Gene Harris & The Three Sounds”とクレジットされたモンク・ヒギンズ編曲による68年の『Elegant Soul』も、最近マッドリブによって「Look Of Slim」が会心のヒップホップにリメイクされたこともあり、注目を集めている。
再び登場のボビ・ハンフリーによる「Blacks And Blues」は、これぞメロウ・グルーヴという感じのイントロに始まり、フルートとコーラスが微妙なグラデイションを描きながら次第にサウダージ・フィーリングを漂わせていく極めつけの名曲。「Harlem River Drive」や「Jasper Country Man」も収録した73年夏のスカイ・ハイ・プロダクションズ──ドナルド・バード『Street Lady』と同時期──と彼女のセッション『Blacks And Blues』は、何度聴いても魔法をかけられたような気分になるファンク・ジャズの金字塔だ。両者の顔合わせでは、75年夏の『Fancy Dancer』──こちらはドナルド・バード『Places And Spaces』と同時期だ──も、もう何も言うことはないマイゼル・ブラザーズの美学の結晶「You Make Me Feel So Good」を始め、神がかり的な素晴らしさ。大好きな原曲は静かで美しいメディテイティヴなチルアウト・チューンだった「Please Set Me At Ease」が、マッドリブによってメダファーのラップをフィーチャーしてリミックスされたときは狂喜した。好企画盤『Shades Of Blue : Madlib Invades Blue Note』の中でも個人的にはベスト・トラックかもしれない。グルーヴィーな「Uno Esta」もやはりマッドリブがかつてイエスタデイズ・ニュー・クインテット名義でカヴァーしていた。
ホレス・シルヴァーと並んでBN-LAの中でもジャズ元来の硬派な佇まいが魅力的なエディー・ヘンダーソンの「Kudu」は、ハービー・ハンコックのイディオムと人脈を活かしたストイックなファンク・ジャズに、女流ピアニストのパトリース・ラッシェンを迎えた傑作。マイルス・デイヴィスが「俺のバンドに入れ」と言ったというエピソードも納得の独創的なトランペット・プレイが圧倒的な存在感を放つ。天空を駆けめぐるようなフレーズ、鮮烈で多彩な音の表情、ハードボイルドな風情がタイトなビートに映えるシャープな一曲だ。
初代ウェザー・リポートやマッコイ・タイナー・カルテットに在籍していたドラマー、アルフォンス・ムーゾンの「Funky Snakefoot」も、ハイ・テンションで迫る怒涛のファンク・チューン。ファンキーなドラム・ブレイクにクラヴィネット、切れ味鋭いホーン隊が絡む様は圧巻。70年代ブルーノートでの彼のプレイは、他にも「I've Given You My Love」などブレイクビーツの宝庫として知られている。
続くドナルド・バードの71年作『Etiopean Knights』からの「The Emperor」も、圧巻の長尺ファンク。ファンキーなギター・カッティングとエレクトリック・ベースを軸にした漆黒のグルーヴと、ホーン・セクションやヴィブラフォンが入り乱れるヒップかつ豊潤なアンサンブル。ジェイムス・ブラウンの影響を強く感じさせながら、どこかフューチャリスティックな陶酔的なビートに酔いしれてしまう。
やはり存在感あふれるベース・ラインにリードされるホレス・シルヴァー「The Sophisticated Hippie」は、彼が独自のスピリチュアルなメッセージを音楽に盛り込もうとした『Silver‘N』4部作から再度の登場。この曲を始め、75年のシリーズ第1作『Silver‘N Brass』は、ピアノやホーンの響きにジャズ本来の凛々しさをたたえたビターな傑作が目白押し。「Kissin' Cousins」「Mysticizm」といったトラックも出色で、70年代シルヴァーの隠れた名曲集という趣になっている。
ウォーターズによるアラン・トゥーサンのカヴァー「Blinded By Love」は、ファンキー・ソウル〜ロック・タッチのブルーノートには珍しいタイプのキラー・チューン。彼らはボビー・ハッチャーソンの『Linger Lane』でコーラスを担当していた血縁グループ。ヴォイセズ・オブ・イースト・ハーレムやノーテイションズなどを思わせるこの曲は、ポスト・モータウン的な70sフィーリングがカッコ良い。
再び73年夏のスカイ・ハイ・プロダクションズの登場となるドナルド・バードの「Sister Love」は、やはりラリ-・マイゼルの才気あふれるサウンド・デザインに魅せられる魔法のような一曲。コーラスやフルートの絶妙なアレンジメント、シンプルなリフレインだけで6分間を全く飽きさせることのない音のマジック。ドナルド・バードやボビ・ハンフリーのBN-LA期の名作が、マイゼル・ブラザーズやフレディー・ペレンら、モータウンでジャクソン・ファイヴなどを手掛けたメンバーの功績によって生まれたことは、“奇跡的な必然”と言うことができるだろう。
トライブ・コールド・クエストの絶妙なサンプリングによって知られるようになったロニー・フォスターの「Mystic Brew」は、ジャズ・ファンク・クラシック「Chunky」も収めた72年の『Two Headed Freap』から。アレンジを手掛けたのはウェイド・マーカス。ゴードン・エドワーズのエレクトリック・ベースにフォスターのオルガン──彼はジミー・スミス以来の長いブルーノートの歴史の中で最後のオルガニストでもある──、クールなヴァイブやハープが舞う、密やかなメロウネスをたたえた名曲だ。マッドリブがバウンス・スタイルで鮮やかにリメイクしたのも記憶に新しい。
続いてもマッドリブが「Andrew Hill Break」として再生していたアンドリュー・ヒルの「Illusion」。“イルマティック・ジャズ・ピアノ”とでも言うべきヒップなこの曲を、アンダーウルヴズがメロウにサンプルしているのを初めて聴いたときも衝撃的だった。“セロニアス・モンクとセシル・テイラーを結ぶ真にクリエイティヴなピアニスト”と評価されたアンドリュー・ヒルのこのトラックは、69年の弦楽四重奏を伴った録音で、当初はBN-LAシリーズの『One For One』という編集盤がリリースされるまで陽の目を見なかった音源。彼の独特の個性あふれる名作を挙げれば他にも数多く、例えばデビュー作『Black Fire』収録の「Subterfuge」は、現代のトラック・メイカーやビート・クリエイターにぜひ聴いてほしいと願わずにいられない、ロイ・ヘインズのスネアに目眩がするような、クールな音像に背筋が震える名演だ。
“チャーリー・パーカーの後継者”からブルージー&ファンキーに転じた67年のブルーノート復帰作『Alligator Bogaloo』や『Mr. Shing-A-Ling』のヒットでもお馴染みのルー・ドナルドソンの「You're Welcome, Stop On By」は、孤高のソウルマン、ボビー・ウォマックの名曲カヴァー。BN-LA期の74年に吹き込まれた、その名も『Sweet Lou』の収録ナンバーらしく、彼のアルト・サックスが妖しい女声コーラスやギターを伴って、とろけそうなほど濃密な雰囲気を醸し出している。ホレス・オットの甘く美しいアレンジに哀感を誘われる、マーヴィン・ゲイの名盤『I Want You』の世界観に通じるような、気怠く官能的なアーバン・メロウ・ファンクだ。
続くジーン・ハリスの「Losalamitoslatinfunklovesong」も、やはりマーヴィン・ゲイ『I Want You』に収められた「After The Dance(Instrumental)」を彷佛とさせる、気怠く妖しいダウナー・メロウ・グルーヴの極めつけ。同時期に活躍したキ-ボ-ド奏者、チャールズ・アーランドの「Inter- galacticlovesong」と並び称される、長いタイトルが冠されたスーパー・メロウ・チューンだ。ジーン・ハリスのBN-LA作品では、最高にタイトなリズムとヒップな上物シンセという観点から、「Koko And Lee Loe」と双璧をなす存在と言うこともできるだろう。
そしてマリーナ・ショウが73年のモントルー・ジャズ・フェスティヴァルでもライヴ録音したマーヴィン・ゲイ「Save The Children」のカヴァー──この72年作『Marlena』収録のヴァージョンは、ウェイド・マーカスがオーケストラ・アレンジを担当──は、この流れを締めくくるに相応しい名唱だろう。ブルーノート史上屈指のジャズ・ヴォーカル名盤『Who Is This Bitch, Anyway?』に引き継がれる甘美にして神秘的なスピリチュアルな情感が、その祈りにも似た濃厚なムードの中に漂っている。『Live At Montreux』では、スロウなグルーヴ感が絶品な「Woman Of The Ghetto」や、アコースティック編成による4ビートのジャズ・ナンバーも聴けることも付け加えておこう。
ラストを飾るのは、ホレス・シルヴァーがフェイヴァリット・ミュージシャンに挙げるブラジルのマエストロ、モアシル・サントスの「Sampaguita」。70年代ウエスト・コースト・ジャズの精鋭が集結したブルーノート3作目『Carnival Of The Spirits』に収められた、リンダ・ローレンスとの郷愁を誘うデュエットだ。メランコリックなソプラノ・サックスは、彼のセッションの常連ジェローム・リチャードソン。モアシル・サントスのブルーノート盤は、セルジオ・メンデスやギル・エヴァンスでもお馴染みの代表作「Nana」を含むファースト『Maestro』、「Early Morning Love」を筆頭にメロディアスな詩情あふれるデューク・ピアソン・プロデュースのセカンド『Saudade』も、いずれ劣らぬ名作だ。


Mod Jazz from Blue Note(橋本徹/2004年)

オープニングを飾るのは、ロニー・スミスによるヒュー・マセケラのカヴァー「Son Of Ice Bag」。彼のオルガンにメルヴィン・スパークスのギター、リー・モーガンとデヴィッド・ニューマンの2管が映えるファンキー&アーシーな極上のソウル・ジャズだ。ジャケットの面構えを見れば、その身震いするようなカッコ良さもうなずけるだろう。この曲が収められた、アレサ・フランクリンのカヴァーをタイトル・チューンに掲げた68年作『Think!』は、プーチョことヘンリー・ブラウンとラテン・ソウル・ブラザーズのパーカッション陣が参加したトラックも含む必聴盤だ。
新生ブルーノートのヒップホップ・ユニット、Us3にサンプリングされたことでも有名なハービー・ハンコックの「Cantaloupe Island」は、デビュー作『Takin' Off』からのラテン・ファンキーなヒット曲「Watermelon Man」から受け継いだような印象的なピアノのリフレインが耳に残る。この曲を収録した64年の『Empyrean Isles』は、フレディー・ハバードのワン・ホーンにロン・カーターとアンソニー・ウィリアムスのリズム隊という錚々たるパーソネルで、新主流派の新しく力強い息吹を感じさせる一枚。同時期にリー・モーガンが『The Sidewinder』で切り拓いたジャズ・ロックともシンクロするグルーヴィーなフィーリングも兼ね備えている。ハンコックはその後、ウェイン・ショーター──彼がやはり新主流派の新しい美意識を表現してみせた『Speak No Evil』と、ハンコックが悠然たる海の威厳を深く美しくリリカルに描いた『Maiden Voyage』の新主流派二大名盤は連番だ──の気高きジャズ・ロックの名作「Adam's Apple」でも好演、ボビー・ハッチャーソンの「Maiden Voyage」を含む『Happenings』でも知性と叙情性で存在感を示し、68年のブルーノートの記念碑『Speak Like A Child』へと歩んでゆく。優しく心の琴線に触れてくるアルバム・スリーヴも印象深いこの作品の素晴らしさについては、多くを語る必要はないだろうか。可憐で繊細な表情と理知的なリリシズムが絶妙に溶け合い、柔らかな3管のアンサンブルもこの上なく美しい。また話が前後するけれど、ハンコックはこの間の66年に、ミケランジェロ・アントニオーニ監督作品『欲望』のサウンドトラックを手掛けたことも付け加えておこう。この映画のテーマ曲「Blow Up」が、80年代後半の英国モッド・ジャズを体現するようなオルガン・コンボ、ジェイムス・テイラー・カルテットによって颯爽とカヴァーされたのも鮮烈だった。
ドリヴァル・フェレイラ作のブラジリアン・ソングを鮮やかにボサ・ジャズに仕立てたハンク・モブレーの「Recado Bossa Nova」は、60年代のジャズ喫茶でも愛されたというリー・モーガンとの2管による名演だ。小気味よいスウィングと、一度聴けば耳を離れないペイソスあふれるフレーズ。ピアノのハロルド・メイバーンが40年近くの時を越えて自らのトリオでよみがえらせたこの曲の再演ヴァージョンは、今もダンスフロアを揺るがせ続けている。
軽快なリズムとキャッチーなホーン・アンサンブルが心地よいデューク・ピアソンの5管コンボによる「Chili Peppers」は、67年作『The Right Touch』の収録曲。かつてロンドンのクラブ・シーンを揺るがし、60年代後半の彼の作品の再評価を促したエポックメイキングな一曲だ。次作『The Phantom』も文句なしのクラブ・ジャズ・クラシックだが、そこにフィーチャーされているヴァイブ奏者ボビー・ハッチャーソンがほぼ同時代にブルーノートに吹き込んだ『San Francisco』に収められている「Goin' Down South」「Jazz」「A Night In Barcelona」なども、クラブ・ジャズ系のDJに好んでプレイされていたことも、特筆に値するだろう。
続くドナルド・バードの「Book's Bossa」は、アルト・サックスのソニー・レッドとの2管クインテットによる3部作の最終アルバムにあたる67年の『Slow Drag』から。上品なシダー・ウォルトンのピアノと快いステディーなリズム・セクションも抜群の気持ちよさ。ベースのウォルター・ブッカーの名が冠された知られざるジャズ・ボサの秘宝だ。
ホレス・シルヴァーの「In Pursuit Of The 27th Man」は、ブルーノートでのリーダー作の数をタイトルにした72年のBN-LA屈指の名盤の表題曲。デヴィッド・フリードマンのヴァイブをフィーチャーしたカルテット編成で、エレクトリック・ベースがリードするクールなグルーヴに絡むピアノも絶品。BN-LA期にあってジャズとしてのアイデンティティーを強く感じさせる素晴らしいトラックだ。同アルバムにはフリードマンに代わって後に飛躍するブレッカー・ブラザーズが参加した3曲も含まれている。
マッコイ・タイナーの「African Village」は、ジョン・コルトレーンのグループを離れた彼がマイルストーン盤『Sahara』へ向け次第にアフリカ色を強めていく萌芽が見える68年の傑作。実はダンス・ジャズとしても一級品で、個性的なベースのイントロに導かれるストイックなグルーヴは麻薬的な魅力に満ちている。どこか瞑想を誘うエキゾティックなメロディーを奏でるボビー・ハッチャーソンのヴァイブも素晴らしく印象的だ。
続くアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの「So Tired」は、ピアノのボビー・ティモンズのペンによるファンキー・ジャズの名曲で、イントロから思わず腰が動いてしまうカッコ良さ。この曲を含むアルバムのタイトル・ナンバー、ディジー・ガレスピーが書いたバップの古典「A Night In Tunisia」と並び称される存在だ。ウェイン・ショーターを音楽監督に迎え、リー・モーガンとの2管をフロントに据えた、ファンキーかつモーダルな60年夏のジャズ・メッセンジャーズの面目躍如と言えるだろう。
ヨーロッパで活躍していたケニー・クラークとフランシー・ボランの双頭コンボによる「Dorian 0437」は、オクテット編成による61年のケルン録音。彼らはMPSに吹き込んだ諸作や、ユーロ・ジャズの頂点とも言われる『Music For The Small Hours』でクラブ・ジャズ・フリーク垂涎の的になっている名コンビ。ダンス・ジャズとしても秀逸なこの曲は、マイルスを敬愛する旧ユーゴスラヴィアの哀愁のトランペッター、ダスコ・ゴイコヴィッチの熱気を帯びたプレイもどこか欧州の香りを漂わせていて最高だ。ジャマイカ音楽の至宝リコ・ロドリゲスが、イギリスのアイランド原盤ながらアメリカではBN-LAからリリースした名盤『Man From Wareika』にも通じる、オリエンタルな異国情趣が垣間見れるのも興味深い。
そしてケニー・ドーハムの「Minor's Holiday」は、彼が最初にブルーノートに吹き込んだリーダー作『Afro-Cuban』からで、このカルロス・ヴァルデスのコンガ入りオクテット演奏が初演。ロンドンのダンス・ジャズ・ムーヴメントに火をつけた「Afrodisia」も収録した55年録音のそのアルバムは、まさしくアフロ・キューバン・ジャズの記念碑と呼べるだろう。ドーハムの代表曲と言っていい「Minor's Holiday」は、やはり55年に名ハード・バップ・コンボの誕生を告げた『The Jazz Messengers At The Cafe Bohemia』での彼のトランペット・ソロも神がかり的で、そのプレイは“ジャズの伝説”として語り継がれている。
再び登場するデューク・ピアソンの「Los Malos Hombres」は、やはり67年の『The Right Touch』から。疾走するシャープなビートに鼓舞されるような、情熱的なラテン・ジャズ・チューンだ。この曲や「Chili Peppers」のようなフロア・シェイカーから、「My Love Waits」のような甘美なロマンティック・ソングまで収めた同アルバムからは、ピアソンの音楽的な素養の広さが伝わってくる。
アルフレッド・ライオンが見出した最後の個性と言われる鬼才ピアニスト、アンドリュー・ヒルの「Blue Spark」は、進歩的な69年作『Lift Every Voice』がCD化された際にボーナス・トラックとして陽の目を見た知る人ぞ知る傑作。彼の未発表作には聴きものが多いことは、ファンにはよく知られているかもしれないが、この曲に象徴されるように、2管のクインテットにローレンス・マラブルのディレクションによる混声コーラスを加え、オーケストラル・アレンジを施したこのときのセッションは特に、ブルーノート屈指の理論派である彼ならでは。変則ブギウギ的なリズム・アプローチを見せるピアノ・プレイも格別だ。ハイチの血を引く彼は、65年の『Compulsion!』ではアフリカン・リズムを響かせ、カリンバをフィーチャー。ボビー・ハッチャーソンとエルヴィン・ジョーンズを迎えた64年の『Judgment!』では、ブルーノート創設者への珠玉のオマージュ「Alfred」に、まるで時さえも止めてしまいそうな、溜め息が洩れるほど深く静謐な美を描き出している。
再度のエントリーとなるドナルド・バードの「Brother Isaac」は、ゴスペルのソフィスティケイションを極めた63年の名盤『A New Perspective』のコンセプトを発展させ、コールリッジ・パーキンソンのディレクションによるコーラスと12人のブラス・アンサンブルをセプテット編成に加えた、64年の『I'm Tryin' To Get Home』から。“ブラス・ウィズ・ヴォイセズ”の副題通り、彩り豊かなグルーヴィー・ジャズ・スウィングの逸品だ。
ホレス・シルヴァーの68年作『Serenade To A Soul Sister』からの「Psychedelic Sally」は、弾むようなピアノがご機嫌なリズム&ブルース〜ファンキー・ソウル・タッチのモッド・ダンス・クラシック。前作『The Jody Grind』の「Mexican Hip Dance」の熱気を受け継いだような、ダンサブル・シルヴァーの真骨頂と言える一曲だ。ヴェテラン・ジャズ・ヴォーカリスト、エディー・ジェファーソンがプレスティッジに吹き込んだヴァージョンもフロアを沸かせてくれる。シルヴァーはこの後、レギュラー・クインテットによる『You Gotta Take A Little Love』でファンキー・ジャズ・インストゥルメンタルに区切りをつけ、ヴォーカルやエレピを大胆に導入してメッセージ色を強めた“人心連合プロジェクト”へと旅立ってゆく。
ブルー・ミッチェルがブル-ノ-トに残した7枚の中で最初のアルバム『The Thing To Do』からの「Funjii Mama」は、吹き抜ける風のように爽快なジャジー・スウィングの快作。ホレス・シルヴァーのグループでも無敵のフロントを誇ったジュニア・クックとの2管は好調そのものだ。ほのかにラテンのニュアンスが漂う若きチック・コリアの好演もフレッシュな輝きを放ち、晴れやかでグルーヴィーな雰囲気が瑞々しい。
ラストを飾るのは、チャーリー・ラウズの最初にして最後のブルーノート盤『Bossa Nova Bacchanal』に収録された、ルイス・ボンファ作の映画音楽の名曲「Samba De Orfeu」。セロニアス・モンクの片腕テナーマンのボサノヴァ・アルバムという異色作からだ。同じ62年にブルーノートに吹き込まれた、グラント・グリーンがラテン・パーカッションをフィーチャーした『The Latin Bit』のように、肩の力が抜けた好企画と言えるだろう。やはり同じように、ウィリー・ボボやカルロス・ヴァルデスのラテン・リズム隊が小気味よいビートを刻み、ブラジル風味のギターや伸びやかなサックスの乾いたトーンから爽やかなサウダージが香り立ってくるのが嬉しい。


Ultimate Free Soul Blue Note[DISC 1](waltzanova)

01. Lover To Lover / Maxi Anderson
70年代ブルーノートの歌姫といえばマリーナ・ショウだが、第二の彼女をめざして送り出されたろう存在が、このマキシ・アンダーソン。マリーナよりもソフトでキュートな個性の持ち主で、彼女の唯一のアルバム『Maxi』からの本曲は、ミニー・リパートンやパトリース・ラッシェンにも通じる歌声が魅力的なミディアム・ナンバー。コーラスやストリングスが浮遊感やほのかな幸福感を演出している。ジェイムス・ギャドソン、ウィルトン・フェルダー、デヴィッド・T.ウォーカー、グレッグ・フィリンゲインズらがバックを固め、アレンジは職人ジーン・ペイジという鉄壁の布陣。コンポーザーはアース・ウィンド&ファイアーで有名な「Can’t Hide Love」をはじめ、多くのアーティストに曲を提供したスキップ・スカボロウ。スカイ・ハイ・プロダクションズとの関わりも深い西海岸の要人で、アルバムの半数の曲は彼が手がけている。

02. To See A Smile / Ronnie Foster
トライブ・コールド・クエストがサンプリングしている「Mystic Brew」でも知られるキーボード・プレイヤーが1974年に発表した『On The Avenue』収録のラヴリーなジャジー・ソウル。「You Are The Sunshine Of My Life」「Love's In Need Of Love Today」などのスティーヴィー・ワンダー作品への憧憬が滲むメロディー・ラインやコード進行に、思わず微笑みがこぼれそうになる。グルーヴィーとメロウのバランスも絶妙で、思わず「これぞフリー・ソウル!」と叫びたくなる瞬間も。曲全体を通じて風通しのよさや希望の予感を感じさせるのもスティーヴィー~フリー・ソウル的。グルーヴの要となっているベースは、ギタリストとしても知られる名手フィル・アップチャーチが担当している。やはりこの曲が収録された、1993年に橋本徹がコンパイルした『Blue Saudade Groove』のライナーでは、「70年代のスティーヴィーには僕のイメージするサウダージに通じるセンスがある」と語られている。

03. Early Morning Love / Moacir Santos
モアシル・サントスはブラジル出身のサックス奏者/アレンジャー。BNデビュー作の『Maestro』でもセルジオ・メンデスやマリオ・カストロ・ネヴィス&サンバ・S.A.でお馴染みの「Nana」など、ブラジリアン・テイストの薫る楽曲を披露している。この曲も朝の光のようなコーラス、爽やかなそよ風のようなサウンドが幸福をもたらす、ブライトなボッサ・ナンバー。男女のヴォーカルの掛け合いにも思わず笑みがこぼれる。1974年のアルバム、その名も『Saudade』の冒頭を飾っていた。意外なところでは、松任谷正隆がアレンジャーを務めた、尾崎亜美の「太陽のひとりごと」(『MIND DROPS』収録)でイントロが引用されている。「Suburbia Suite」を通じてすっかり一般化(?)した単語「サウダージ」は、このアルバム・タイトルからのインスピレイションがあるのではないかと見るが、真相はいかに。

04 Sandalia Dela / Duke Pearson
思わず耳を惹かれる美しいピアノのイントロに引き続いて、心地いいボッサ・リズムとフローラ・プリムの可憐な歌声が絶妙のマッチングを見せる珠玉のブラジリアン・ナンバー。ころころと転がるようなピアソンのピアノ・ソロも素晴らしい。正統派ジャズ・ボッサのリズムを叩き出すドラムスは、アイアート・モレイラによるもの。アンディー・ベイやヴォーカル・グループとの共演と、ドリオ・フェレイラやベベートらブラジルのミュージシャンが参加したセッションで構成された1969年の『How Insensitive』から。

05. As / Gene Harris
スティーヴィー・ワンダーが70年代の全盛期にものした一大傑作『Songs In The Key Of Life』収録の、伸びやかなブラジリアン・ソウル。リエディットしたようなループ感のあるイントロ、迫力あるホーンにスケール感の大きなコーラスと、原曲よりグルーヴィーで快感度数高めのナイス・カヴァーに仕上がっている。ジーン・ハリスは50年代からスリー・サウンズのリーダーとして活躍したピアニスト。ブルーノートにグループ名義、ソロ名義で多数のアルバムを吹き込んでいる。オリジナルではハービー・ハンコックが弾いていたエレピ・ソロも、その音色とフレージングを十二分に楽しめる最高の出来。ヴォーカルはラルフ・ビーカムが担当している。1977年のBN最終作『Tone Tantrum』より。

06. You And Music / Donald Byrd
ハード・バップ時代から活躍するジャズ・グレイツ、ドナルド・バード。彼は70年代にラリー&フォンスのマイゼル・ブラザーズによるプロデュース・ワークで5枚のアルバムを制作しているが、その中でも最高傑作の呼び声が高い1975年の『Places And Spaces』に収録されている。アルバムの全ての曲がクラシックの名にふさわしいが、中でもマーヴィン・ゲイを想起させるこの曲は、ハーヴィー・メイソンとチャック・レイニーの最強のリズム隊が生み出すソリッドなグルーヴにバードのトランペットが絡み、空を駆けるような爽快さに満ちている。橋本徹はフリー・ソウル前夜の1993年、二見裕志/小林径とともにBN-LA音源を使ったコンピレイション・シリーズ『Blue Groove』を監修・選曲しているが、そこでのキャッチフレーズは「New Directions Of Blue Note」だった。

07. Always There / Ronnie Laws
70年代のサイド・エフェクトや、アシッド・ジャズ期のインコグニートのヴァージョンでも知られるジャズ・ファンク・クラシック。生き生きとしたグルーヴと一体になって、ロニー・ロウズのサックスが朗々とブロウする様は圧巻。1975年の『Pressure Sensitive』に収められていた最高のフロア・キラーだ。ジャイルス・ピーターソンらのDJが火をつけた1980年代半ばからの“ジャズで踊る”ムーヴメントは、50年代のファンキー・ジャズや60年代のラテン・ジャズ~ソウル・ジャズ、70年代のBN-LAシリーズなど、クラブ・ミュージック~レア・グルーヴ的な視点からのジャズの“再評価/再発見”へとつながっていった。

08. Blacks And Blues / Bobbi Humphrey
ボビ・ハンフリーの1973年作『Blacks And Blues』は、ドナルド・バードの『Places And Spaces』と並んで、マイゼル・ブラザーズの美学の結晶とも呼ぶべきマスターピース。彼らの音作りの特徴として、ループ感を持ったグルーヴと、多彩な楽器やコーラスを用いた音の重ね方が挙げられる(当時は過剰なアレンジ、などと純ジャズ・ファンから批判されたりもした)。そのループ感がのちにヒップホップ・アーティストにサンプリングされる理由となったのは言うまでもない。シンセサイザーの音色と切ないフルートの調べ、ピアノのフレーズがサウダージを運ぶ、夕暮れや夜明けを眺めているような気分になるセンティメンタル・クラシック。

09. Kathy / Moacir Santos
5/4拍子のスリリングなリズムをバックに、ビターでエキゾティックな色彩に富んだアンサンブルが展開される、哀愁を誘うブラジリアン・ジャズ・ナンバー。ソウル・ミュージックやファンクの影響も昇華した、ハイブリッドさが何よりの魅力だ。モアシル・サントスはブラジル人サクソフォン・プレイヤーでありアレンジャー。60年代後半に本国からLAに渡り、71年にそこを本拠としたブルーノートから『Maestro』でデビュー、その後もBNからタイトルに恥じない、高いミュージシャンシップを発揮したアルバムを2枚リリースした。本曲は、彼の最高傑作とも言われる1974年の『Saudade』に収録されている。

10. Won't You Open Up Your Senses / Horace Silver
のちに4ヒーローがリメイクしたことでも知られるスピリチュアルなワルツ・ナンバー。リスナーの魂を震わせる深みに満ちたヴォーカルは、『Experience And Judgment』がレア・グルーヴ・クラシックとして知られるアンディー・ベイ。エレクトリック・ピアノとベース・ライン、ホーン・アンサンブルの作り出すヒップな音像に痺れるモーダル・チューンだ。「あなたの感覚を呼び起こせ」と歌う歌詞に表れているように、当時のホレス・シルヴァーがリリースしたスピリチュアルな方向性を持つアルバム群(通称「人心連合」三部作)は、同時代的には評価されづらかったが、現在の感覚で耳を傾けると、とても音楽的に聴こえる。1968年の『Total Response』から。

11. Where Are We Going? / Donald Byrd
ドナルド・バードとマイゼル・ブラザーズのコラボレイションのスタートとなった記念碑的名作『Black Byrd』からの、センティメント漂うリリカルなファンク・ナンバー。ダンサブルなリズムやヴォーカルを取り入れるなど、1972年という時点での画期的な音作りは、批評家には賛否両論だったが、結果『Black Byrd』は高いセールスを記録し大成功した。フォンス・マイゼルと盟友のフレディー・ペレンも参加している。マーヴィン・ゲイの『What’s Going On』がR&Bのジャズ的なアプローチなら、こちらはジャズからのR&B的アプローチと言えるが、そのマーヴィンによる録音(『Let’s Get It On』デラックス・エディションに収録)に加え、70年代の名ジャズ・ファンク・バンド、ファンク・インクのヴァージョンも出色の出来なので、一聴をお薦めしたい。

12. Stormy / Duke Pearson
デューク・ピアソンは、60年代ブルーノートを支えたピアニスト/アレンジャー/プロデューサー。進取の気風に富んだ作品群はアシッド・ジャズ~クラブ・ミュージック的な視点から再評価された。その理由のひとつに彼の楽曲が多くブラジリアン・テイストを持っていたことが挙げられる。ソフト・ロック的なフィーリングを持ち味としたグループ、クラシックス・フォーの名曲を、歯切れのよいリズムとセンスのよいアレンジで聴かせる手腕はさすが。サバービア・ファンにはサード・ウェイヴのソフト・サイケなヴァージョンもお馴染み。ヴォーカルはチック・コリアの『Return To Forever』で一躍名を知られることになるフローラ・プリム。変幻自在の歌声が彼女の個性だが、ここでの歌唱は爽やかな色香の感じられるものだ。

13. Montara / Bobby Hutcherson
スチャダラパーが「サマージャム’95」でサンプリングしたことでも、あまりに有名になったレイト・サマー・クラシック。マリンバとエレピ、そこに絡むベースが、とろけるように浮遊感のあるムードを醸し出していく。ゆっくりと陽が落ちていく時間のような、夜更けの柔らかなまどろみのような、極上の音体験。2014年にデヴィッド・サンボーンやビリー・ハートらをメンバーに、よりアコースティックな感触でセルフ・リメイクされている。また、アルバム『Montara』には、エキゾティックな質感を持つ隠れた名ナンバー「Love Song」も収められており、そちらも聴きもの。

14. Feel Like Makin' Love / Marlena Shaw
ジャズとR&Bの間を自在に行き来し、60年代カデットにも『The Spice Of Life』を筆頭に数々の傑作を吹き込んだヒップなディーヴァ、マリーナ・ショウ。彼女が、1975年にブルーノートに残した不朽の名作『Who Is This Bitch, Anyway?』のハイライトである、ロバータ・フラックのオリジナルでも知られる名曲にして名唱。ラリー・ナッシュの弾くフェンダー・ローズの柔らかな響き、ラリー・カールトンとデヴィッド・T.ウォーカーの2本のギターの絡みなど、だんだんと熱を帯びていく各ミュージシャンのプレイも筆舌に尽くしがたい素晴らしさ。もちろん、「You Taught Me How To Speak In Love」「Loving You Was Like A Party」をはじめ、アルバムの他の曲にもスタジオ・ミュージシャンが適材適所に配置されており、スティーリー・ダン『Aja』などと並ぶ都会派名盤となっている。

15. (Fallin' Like) Dominoes / Donald Byrd
ファットなチャック・レイニーのベースに導かれるように、マイゼル・ブラザーズのドラマティックなサウンドスケープが広がる、もはや歌ものと言えるジャジー・ソウル・ナンバー。当時のバードはジャズ/R&Bといった枠にまったく捉われていなかったことを象徴するようだ。印象的なベース・ラインは数多くのヒップホップ・アーティストにサンプルされている。1975年の『Places And Spaces』は、バードとマイゼル兄弟が、飛行機をチャーターし、バード自身の操縦でラスヴェガスへ行ったときのことがインスピレイションになっているという。ジャケット写真のように、青空を自由に飛ぶような伸びやかな飛翔感と高揚感、そして浮遊感を持った名曲が並んでいる。

16. You Make Me Feel So Good / Bobbi Humphery
ボビ・ハンフリーの6枚目にしてBN最終作となる1975年の『Fancy Dancer』からの、ジャズとソウルの邂逅というムードのナンバー。プロデュースはもちろんラリー&フォンスのマイゼル兄弟。二見裕志はかつて「この曲を午前4時に聴いて泣いてほしい」と語っていた(『Blue Mellow Groove』のライナーより)。繰り返されるコーラスにフルート、そしてドロシー・アシュビーのハープなどが織りなすサウンドスケープが美しい涙の名曲。ブルーノートといえば、1500番台や4000番台が代表作と長らく言われてきたが、『Ultimate Free Soul Blue Note』では、多くの曲がBN-LAシリーズから選ばれており、90年代以降の価値観の転換と刷新、その定番化を見ることができる。

17. Peace Of Mind / Gene Harris
ゆったりと設定されたテンポ、心に沁みるエレピやマリンバ、爽やかなコーラスが、タイトル通り心の平穏を描き出すブリージン・メロウ・チューン。コンポーザーは、全盛期アース・ウィンド&ファイアーのギタリストを務め、この曲を含むアルバム『Tone Tantrum』にも参加しているアル・マッケイ。前2作に続き、アルバムをプロデュースしているのは、キーボードもプレイしているジェリー・ピータース。アース・ウィンド&ファイアー周辺との強いパイプを持つ人物で、ヴァーダイン・ホワイトやデニース・ウィリアムスらも参加している。転調部には、彼らとチャールズ・ステップニーとのコラボレイションや、マイゼル兄弟のスカイ・ハイ・プロダクションズのサウンドを思わせる瞬間も。

18. Harlem River Drive / Bobbi Humphrey
ブルーノート・レーベルは1971年のフランシス・ウルフの死後、ジョージ・バトラーが後を継ぎ、本拠をLAに移した。そうして始まったのがBN-LAシリーズで(ちなみに“LA”はロスのことではなく“Liberty Album”の略だそう)、同時代のCTIレーベルなどのように、それまでのブルーノートのイメージとは異なるコンテンポラリー路線の諸作をリリースした。ボビ・ハンフリーはそのBN-LAを代表するひとりである女性フルート奏者。『Blacks And Blues』はマイゼル・ブラザーズの制作で、彼らの名を一躍高めたドナルド・バードの『Black Byrd』の翌年、1973年のリリース、パーソネルもほぼ同様である。コーラスやシンセサイザーなどの楽器が有機的に重なり作り出されるサウンド・タペストリーは、スカイ・ハイ・プロダクションズのお家芸とも言える魅惑的な響きに溢れている。


Ultimate Free Soul Blue Note[DISC 2](waltzanova)

01. Son Of Ice Bag / Lonnie Smith
“Dr.”の肩書きを付けて呼ばれることも多い、R&B~ファンク色濃いプレイで知られるオルガン奏者、ロニー・スミス。「Tighten Up」風の「Grazing In The Grass」のヒットで知られる南アメリカ出身のトランペッター、ヒュー・マセケラ作のこの曲は、1968年の『Think!』に収録。シンプルで力強いドラムを推進力として、デヴィッド・“ファットヘッド”・ニューマンやリー・モーガンが熱のこもったソロを披露、ソウル・ジャズの格好よさをヴィヴィッドに伝えてくれ、“Mod Jazz”的な観点からも、キラー・チューンとして知られる。もちろん、御大のグルーヴィーなプレイにも思わず身体が揺れてしまうのは言うまでもない。

02. Tuesday Heartbreak / Ronnie Foster
ロニー・フォスターは1972年にデビューしたキーボード奏者。オリジナルはフリー・ソウルを代表するアーティストの人気曲であるスティーヴィー・ワンダーの『Talking Book』に収められていたライト・ファンク。曲の中盤でテンポが倍速になり、一気に加熱するグルーヴィーなブラジリアン・リズムに乗って、ロニーのオルガンもご機嫌なソロをひたすらに展開、最高に気持ちいいパートだ。彼は前作『On The Avenue』でも「Golden Lady」をカヴァーしており、スティーヴィーへの憧れが強かったのだろう。同時に、70年代半ばにおけるスティーヴィーが、ジャンルをこえて音楽シーンでいかに大きな影響力を持っていたか、ということもうかがえる。

03. Moment's Notice / John Coltrane
マイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスらと並ぶモダン・ジャズ・ジャイアンツのひとり、ジョン・コルトレーン。ブルーノートに唯一残したアルバムは、彼の初期傑作およびモダン・ジャズの名盤として知られているもの。1957年当時、コルトレーンはマイルス・デイヴィスのグループを一時離れて、セロニアス・モンクと交流、そこで音楽的にも精神的にも大きな飛躍を遂げる。この曲はハード・バップのフォーマットに則っているものの、息の長いソロなどに後年の『Giant Steps』などへ繋がる萌芽が見られる。負けじとハイ・ノートを連発するリー・モーガン(当時19歳!)の怖いものなしのプレイも素晴らしい。のちに、師弟とも言えるファラオ・サンダースもカヴァーした。

04. Message From The Nile / McCoy Tyner
ジョン・コルトレーンの全盛期にピアニストを務めたマッコイ・タイナーが1970年に発表した『Extentions』からの、至上のモーダル~スピリチュアル・ナンバー。タイトルやアルバム・ジャケットにも表れているように、アフリカ回帰~エスニック的な志向性が強くうかがえる。メンバーにコルトレーン・バンドの同僚だったエルヴィン・ジョーンズ、パートナーだったアリス・コルトレーンを迎えた編成は、トレーンの亡き後、彼の音楽をどのように継承・発展させていこうかというひとつの試みに思える。ダイナミックに表情を変えるリズム、心の奥にある平安を感じさせるハープ。そう聴くと、ウェイン・ショーターのソプラノ・サックスも、心なしかコルトレーンのように響いてくる。

05. The Phantom / Duke Pearson
深い密林の奥に分け入るようなミステリアスな魅力を持ったラテン・パーカッションとフルート、不協和音も交えたピアノ・フレーズにボビー・ハッチャーソンのプレイするヴィブラフォンの響きも魅惑的な、デューク・ピアソンのアレンジャーとしての才能を十二分に味わえるヒップでビターなモーダル・ジャズの金字塔で、1968年の同名アルバムからのエントリー。同作には哀愁漂うボッサ・ナンバー「The Moana Surf」など、ラテン~ブラジルへの強い志向が表れているが、後の『It Could Only Happen With You』などと比較すると、翳りを感じさせるスピリチュアルなマイナー調の曲が多いのが特徴だ。

06. In Pursuit Of The 27th Man / Horace Silver
グイグイと引っ張るベース・ラインとそれを煽るように疾走するドラムス、その隙間にパッセージを刻み込んでいくピアノとヴァイブも快調な、クールネスあふれるモーダル・チューン。ホレス・シルヴァー27枚目のアルバム(タイトルもそこから来ている)である1972年の『In Pursuit Of The 27th Man』のタイトル・ナンバーだ。同作はブレッカー・ブラザーズの初期参加作としても知られるが、ウェルドン・アーヴァイン「The Liberated Brother」を取り上げるなど、ホレス・シルヴァーのアンテナの広さと耳の確かさがよくわかる。

07. Think Twice / Donald Byrd
『Black Byrd』で自信を深めたバードは、よりソウル~ファンク路線を推し進めていくが、『Street Lady』を経てリリースされたのが1974年の『Stepping Into Tomorrow』。そこに収められていた、サンプリング・ソースとしても名高い本曲。ATCQやメイン・ソースの引用、J・ディラやエリカ・バドゥのカヴァーなど、まさに枚挙に暇がないくらいの人気ぶりだ。それもそのはず、真夜中のムードをパッケージングしたようなサウンドにはマイゼル・マジックがかけられている。浮遊感と陶酔感に染められた、それでいてヒップな各楽器のアンサンブルがたまらない、アーバン・メロウなジャジー・ソウルという意味でも完璧な一曲。『Stepping Into Tomorrow』は他作品に比べ、都会的で洒落たメロウネスを湛えた楽曲が多いが、それに大きく貢献しているのがゲイリー・バーツのサックスだ。

08. You're Welcome, Stop On By / Lou Donaldson
ルー・ドナルドソンは、「Alligator Boogaloo」「Blues Walk」などで知られるサクソフォン・プレイヤー。BNでのキャリアは長く、1952年までさかのぼることができる。これはボビー・ウォマックの男気漲る哀愁ソウルを取り上げ、女性ヴォーカルをバックに実にメロディアスなソロを聴かせるビターなアーバン・ファンク。熱気が充満する原曲のムードをメロウに翻訳した、ニーナ・シモンなどとの仕事で知られるホレス・オットのアレンジが冴えている。同じく彼のアレンジによる前作『Sassy Soul Strut』に収録されていた、シルヴィア「Pillow Talk」のカヴァーは、ルーの歌心が全開の最高にスウィートなメロウ・チューン。1974年の『Sweet Lou』は、本曲同様に都会的洗練をまとったナンバーが並ぶ。

09. Move Your Hand / Lonnie Smith
タメとコシのあるリズムにオルガン、ホーン・リフが黒いうねりを巻き起こす。そこに入ってくるハスキーでソウルフルなロニー・スミス自身のヴォーカル。火傷しそうにホットなプレイ、とはこういう曲のことを言うのだろう。ソウル・ジャズ~レア・グルーヴ・ディガーを中心に大人気を誇るファンク・チューンは、1969年のライヴ・アルバム『Move Your Hand』からのエントリー。90年代前半のジャズ・ファンク・リヴァイヴァルでは、中核的な役割を担った。こってりとしたギターやサックスのソロも聴きごたえたっぷりで、ファンク・ミュージックの快楽をこれでもかというほど味わえる。

10. Losalamitoslatinfunklovesong / Gene Harris
キーボードの個性的なサウンドと女声コーラスが印象的な、ヒップ&メロウなジャズ・ファンク・ナンバー。隠し味のピアノがセンスを感じさせる。ハーヴィー・メイソンやチャック・レイニーら“ファースト・コール”・ミュージシャンたちが生む、タメのあるミッド・テンポ・グルーヴも中毒性がある。ジーン・ハリスは1976年の「Koko And Lee Roe」でも同様のアプローチを活かしていて、彼のフェイヴァリット・テイストのひとつだったのかもしれない。名だたるトラック・メイカーから支持を得る、エレクトリック・ピアノやムーグ・シンセサイザーなど70年代らしい音色は、アコースティックを至上とするジャズ・ファンから批判にさらされることも多かったが、90年代以降の耳からすると、この音こそが心地よさの秘密。1974年の『Astral Signal』に収録。コンポーザーは、同作のプロデュースも担当しているジェリー・ピータース。

11. Little B's Poem / Bobby Hutcherson
ブルーノートに数多くの名作を残したヴァイブ奏者による、優美な表情を見せるモーダルなジャズ・ワルツ・ナンバー。1965年の3作目『Components』の中に収められていた。端正で澄んだヴィブラフォン、軽やかに舞うジェイムス・スポルディングのフルート、見事な構成美を見せるハービー・ハンコックのピアノが、うっとりするように薫り高いサウンドスケープを描き出していく。テンポ・アップした1977年の再演版もあり。ボビー・ハッチャーソンは、スピーディーなフレージングが印象的な「Effi」や、ヒップでスピリチュアルな「NTU」、ブレイクビーツ・トラックとして知られる「Rain Every Thursday」などなど、他にも注目すべき多くの楽曲を発表している。

12. Elijah / Donald Byrd
ドナルド・バードは、ハード・バップ期に『Fuego』などの名作を吹き込み、当時からラテン・リズムへの関心を見せていた。本曲では聖歌隊を導入し、シンプルなリズムの反復の中で高揚を作り出している。そのようなゴスペル的感覚の強調は、アフリカン・アメリカンとしてのアイデンティティーの表出とも取れる。トータル・サウンドでの音作りを志向していた、バードの先進性がよく出たナンバーだ。アレンジはデューク・ピアソンが手がけ、コールリッジ・パーキンソンが混声合唱を指揮している。彼はのちにマーヴィン・ゲイの『I Want You』でストリングスとホーン・アレンジを担当した人物。この曲を収めた1963年の『A New Perspective』は、リード・マイルスのジャケット・デザイン(彼が最も気に入っている作品だという)も特筆すべき、清新な感覚を持った一枚。ブルーノート音源をクラブ・ミュージック~ヒップホップ系のアーティストがリミックス/リメイクした『Blue Note Revisited』のジャケットでも引用されていた。タイトルは、常に進化を求めたバードやブルーノートとともに、サバービア~フリー・ソウル的な在り方(アティテュード)をも象徴しているかのようで、キャッチコピーとしての強さも備えている。キング牧師の葬儀でもかけられたと伝えられている。

13. Save The Children / Marlena Shaw
マリーナ・ショウ、1972年のBNデビュー作からのマーヴィン・ゲイ・カヴァー。もちろん、オリジナルは社会問題をテーマにした稀代の傑作『What’s Going On』に収録されていた。ストリングスやハープが生むスリリングな音像に、マリーナのビターでヒップな歌唱が光る、最高のソウル・ジャズ・ワルツ。アレンジは数々の名曲を手がけた職人、ウェイド・マーカス。ニュー・ソウルの時代に産み落とされた、この時期ならではのジャズとソウルの邂逅と言える傑作だ。トリオ編成をバックに、じわじわと盛り上がっていく『Live At Montreux』のヴァージョンも人気が高い。

14. Speak Like A Child / Herbie Hancock
ストレート・アヘッドなジャズからファンクまでを縦横無尽に弾きこなすピアニスト/サウンド・クリエイター、ハービー・ハンコックが若き日に残した、1965年の「Maiden Voyage」と双璧をなす美メロ・ナンバー。フリューゲル・ホーン、バス・トロンボーン、アルト・フルートの三管が織りなす柔らかな響きに、ハービーの美意識の精粋とも言うべき透明感に満ちたプレイが溶け合い、瞑想的とも言えるその世界に漂っていたくなる、1968年誕生のニュー・スタンダード。この曲を収めた同名アルバムは、夕闇の中、ハービーと当時のフィアンセだったジジ・メイグスナーの姿を捉えた、叙情的なジャケットも素晴らしい。ブルーノートのジャケットは、フランシス・ウルフの写真を素材として、リード・マイルスによってデザインが行われており、ジャズという枠をこえて、20世紀のアートとして愛され認知されている作品も数多い。

15. Kathy / Horace Silver
ブルーノート・レーベルを代表するピアニストのひとりであるホレス・シルヴァー。50年代から活躍を続け、「Nica’s Dream」「Song For My Father」「Blowin’ The Blues Away」など、名曲も数多い。これはディスク1にも収録されていた珠玉の“Waltz-a-nova”のホレス・シルヴァー版。モアシル・サントスのヴァージョンと比較すると、ヴィブラフォンとピアノがリードを取り、クールで硬質な感触やビターなリリシズムが前景化している。ホレスはアフリカ系ポルトガル人の血を引いていて、ラテン・リズムに対するアプローチも柔軟だった。本曲のコンポーザー、モアシル・サントスをブルーノートに紹介したのも彼だという。


Ultimate Free Soul Blue Note[DISC 3](waltzanova)

01. A Little Warm Death / Cassandra Wilson
カサンドラ・ウィルソンが90年代のブルーノートを代表するシンガー/アーティストであることは、異論の余地のないところだろう。軽快なボッサ・リズムを取り入れた腰の強いボトム、リズミックなギター・ストロークに、ノスタルジックなヴァイオリンの響き。R&Bやカントリーなどの要素を昇華した汎アメリカン・ミュージック的な志向性を持つこの曲は、カサンドラの生まれ故郷であるミシシッピの肥沃な土壌を思わせる。いつになくスウィートな表情を覗かせる彼女のヴォーカルは、上質のバーボンのような口当たり。1993年のBN移籍作『Blue Lights ‘Til Dawn』を経ての、『New Moon Daughter』は、彼女の才能が遺憾なく発揮された、カサンドラ版『ミステリー・トレイン』(グリール・マーカス著)~アメリカン・ミュージック探訪とも称すべき作品。グラミー賞も獲得した、死と再生をテーマにしたコンセプト・アルバムだった。

02. Sunrise / Norah Jones
全世界で2,000万枚以上を売り上げた『Come Away With Me』でデビューし、2000年代のブルーノートの看板アーティストである、ノラ・ジョーンズ。ジャズとフォーク~カントリー、R&Bからクラブ・ミュージックまでを自在に行きかう彼女の在り方は、現在のブルックリン音楽シーンをそのまま映し出しているようだ。「Sunrise」は、2004年のセカンド『Feels Like Home』のリード・トラック。ハートウォームなフィーリングと、誠実な彼女の歌声が印象的なフォーキー・ジャズだ。フリー・ソウルという視点では、レディオ・スレイヴによるリエディットについても触れておくべきだろう。原曲の良さを活かしつつ、ゆったりと身を任せていたくなるビートとサウンドスケープは、朝方にチルアウトしたいときに聴きたい名リワークだ。ノラは、ロバート・グラスパーとは高校時代にサマー・キャンプで知り合って以来の知己でもあり、RGEの『Black Radio 2』では、人力ドラムンベース「Let It Ride」でヴォーカルを取り、浮遊感に満ちたムードの演出に貢献していたのも忘れがたい。

03. Come To My Door / Jose James
2010年代ジャズ・シーンの最重要人物のひとりであるヴォーカリストが、SSW的とも呼べそうな、優しい表情を見せるフォーキー・ソウル・ナンバー。比較的オーセンティックなジャズ・スタイルの中で、新世代ヴォーカリストとしての個性をアピールしたファースト、R&B~クラブ・ミュージックへの近親性を見せたセカンドを経て、ブルーノートへの移籍第1作となった『No Beginning No End』は、これまでの集大成とも位置づけられるような作品に仕上がった。ディアンジェロを彷彿させるような「It’s All Over Your Body」や、ロバート・グラスパーのエレピ・リフをフィーチャーした「Vanguard」など、多彩な曲調を持つ曲が高いクオリティーで並存している。“ジャズ”云々でなく、“アーバン・ブラック・ミュージック”という括りで捉えたときにこそ、意味を持つアルバムでありアーティストだと思う。

04. Please Set Me At Ease / Madlib
故J・ディラと並び称される、筋金入りのビート・ジャンキーとして知られる鬼才DJ/トラック・メイカー、マッドリブ。彼がブルーノート音源を使って作り上げた2003年の『Shades Of Blue: Madlib Invades Blue Note』は、ジャズ好きのヒップホップ・ヘッズにとって夢のような企画だった。アルバムには、デューク・ピアソンの「Stormy」やボビー・ハッチャーソンの「Montara」など、フリー・ソウル的な価値観と呼応する楽曲が並んでいるが、ここでチョイスされたのは橋本徹が「個人的にはベスト・トラックかもしれない」と語るボビ・ハンフリーの名曲。原曲のメロウネスを活かしながらも、メダファーのラップをフィーチャー、ヒップホップ濃度も高い絶品リメイクとなっている。

05. Afro Blue / Robert Glasper Experiment feat. Erykah Badu
ブルーノートからの2作目『In My Elements』で注目を集めた、ヒップホップ世代を代表するピアニスト/プロデューサーが、エクスペリメント名義で発表した2012年の『Black Radio』は、リリースと同時に音楽シーンを震撼させる作品となり、グラミー賞を獲得する大ヒット作となった。多くのゲスト・ヴォーカリストを迎え、ポップかつエッジーなこのアルバムについて、ジャズか非ジャズかが話題になったりもしたが、これが2010年代のジャズであり、アーバン・ブラック・ミュージックなのではないだろうか。もとはアビー・リンカーンの1959年の名唱で知られる「Afro Blue」を、ここでは完全に現代的にアップデイトしている。エリカ・バドゥの呪術的なヴォーカル、クリス・デイヴのドラム・サウンドを活かしたリズム・アレンジも素晴らしく、夢の中でもリピートしてしまいそうな、『Black Radio』のフラッグシップとも言える一曲に仕上がっており、橋本徹が提唱する“2010s Urban-Mellow”と著しくシンクロしている。

06. Keep Your Head Up / Ronny Jordan feat. Fay Simpson
ロニー・ジョーダンは、90年代初頭のアシッド・ジャズ期にマイルス・デイヴィスの「So What」やタニア・マリアの「Come With Me」のカヴァーをクラブ・ヒットさせ、コートニー・パインらとともに、レア・グルーヴ~クラブ・ミュージック世代のジャズ・アーティストとして人気を集めたギタリスト。ヴォーカルにフェイ・シンプソンを迎えたブラックネス薫るこのR&Bナンバーは、2001年の『Off The Record』に収録。プロデュースはジェイムス・ポイザー&ヴィクター・デュプレー。ジェイムス・ポイザーはJ・ディラやクエストラヴらとプロデュース・チーム、ソウルクエリアンズを結成していた人物で、ブラック・ミュージック史に残るディアンジェロ2000年の金字塔『Voodoo』も彼らが手がけている。ビート・メイキングや空間構築のセンスやメロウネスは、彼とネオ・ソウル~ネオ・フィリーの雄であるヴィクター・デュプレーのセンスによるところが大きいだろう。ロニーは残念ながら、2014年1月にこの世を去っている。

07. Won't You Open Up Your Senses / 4 Hero feat. Vanessa Freeman
ホレス・シルヴァーのスピリチュアリティーに満ちた名曲を、ここではヴァネッサ・フリーマンのヴォーカルとメンバーらの生演奏でリメイクしている。原曲の持つムードはそのままに、よりフロアを意識したシャープなリズム解釈とミックスは4ヒーローならでは。彼らはディーゴとマーク・マックのふたりからなる英国のユニットで、当初はロンドンのドラムンベース・シーンから登場したが、次第にコズミック・ソウル的な方向にシフト、新生トーキング・ラウドから満を持してリリースした、1998年の『Two Pages』はヒット作となった。チャールズ・ステップニーやマイゼル・ブラザーズなどをフェイヴァリット・アーティストに挙げる彼らは、川勝正幸風に言うなら“世界同時フリー・ソウル化”的価値観の共有者とも言えるだろう。ブルーノートの諸楽曲をクラブ・ミュージック系のアーティストがリメイク/リミックスしたオムニバス『Blue Note Revisited』(2004年)からのセレクト。

08. No Love Dying / Gregory Porter
ホセ・ジェイムスと並んで、新世代ジャズ・ヴォーカリストの旗手に挙げられるグレゴリー・ポーター。ほぼ同時期にBNからアルバムをリリースしたのも宿命的だが、よりオーソドックスで包容力に満ちたバリトン・ヴォイスこそが彼の魅力。落ち着いた歌い口の中に、静かに燃える信念や精神性の高さを感じさせるこの曲は、2013年の『Liquid Spirit』に収められていた。そのアルバムのタイトル曲や、彼の代表曲のひとつ「1960 What?」、ギル・スコット・ヘロンのパートナーとして活躍したブライアン・ジャクソンのプロジェクトへの参加など、ときにメッセージ色の強いアティテュードを見せる彼の姿は、1960~70年代のジャズやソウルが持っていたパワーやスピリットが、今なお受け継がれていることを感じさせる。

09. Hope / Lionel Loueke feat. Gretchen Parlato
共同プロデューサーにロバート・グラスパーを立てたBN3作目『Heritage』からの、透明感に満ちた静謐で穏やかなナンバー。西アフリカのベナン共和国出身のギタリストであるリオーネル・ルエケは、もともとパーカッション奏者だったためか、ジャズとともにアフリカン・ミュージックの要素が顕著なアーティスト。この曲では音階構造や、全体を包むスピリチュアリティーなどにそれがうかがえる。ルエケとハーモニーを奏でるのは、その歌声で周囲の空気を変えてしまう存在感の女性歌手グレッチェン・パーラト。ここでは寄り添うようなヴォーカリゼイションで、ほどよい湿度と色彩を与えている。引きの美学を見せるベースはデリック・ホッジ、ドラムは最近ソロ・アルバムもリリースした注目度大の若手、マーク・ジュリアナが担当。

10. Footprints / Terence Blanchard
「Footprints」は、ウェイン・ショーターが60年代のマイルス・デイヴィス・クインテット在籍時に発表した、彼の代表作と言えるナンバー。6/8拍子のリズムとモーダルなメロディー、そして特徴的なベース・ラインは、美しさと緊張感を併せ持つイメージを湛えている。ここでは、ウェイン自身とマイルスのヴァージョンとは異なり、ベース・ラインは控えめに、ドラムのエリック・ハーランドとロバート・グラスパーによるリズム解釈を前に出した、しなやかで品のある仕上がり。80年代から活躍する才人トランペッター、テレンス・ブランチャードは若手の発掘にも積極的で、この曲を収めた2003年の『Bounce』は、前述のふたりやアーロン・パークス、リオーネル・ルエケら新世代ミュージシャンを登用し、新たな表現にチャレンジしている。次作『Flow』には、デリック・ホッジやグレッチェン・パーラトの名も。

11. Ain't Misbehavin' / Jason Moran feat. Meshell Ndegeocello
ジェイソン・モランは、“現代のセロニアス・モンク”との異名を取る、独特のタッチが売りのピアニスト。革新的でありながら、モンクやデューク・エリントンなど、ジャズのトラディションに対する敬意を払い、その検証を行いながら活動、2014年の『All Rise: A Joyful Elegy For Fats Waller』は、1930年代を中心に活躍したコンポーザー/ピアニスト、ファッツ・ウォーラーに捧げられたオマージュである。そのハイライトとなるのが、かつては「浮気はやめた」の邦題でも親しまれていたスタンダードの現代的解釈。柔らかなローズの上で、極上のヴォーカルを取るのはミシェル・ンデゲオチェロ。エレピの響きと相まって、とろけるようにまろやかな色香が漂う。近年はジョー・ヘンリーのプロデュースによる内省的な『Weather』など、一貫して質の高いアルバムをリリースしている黒人女性アーティストだ。彼女はドン・ウォズとともに、アルバムのプロデュースも行っている。

12. You're Still The One / Otis Brown III feat. Gretchen Parlato
オーティス・ブラウン3世は、ニュージャージー出身の、エスペランサ・スポルティングやジョー・ロヴァーノらとのセッションで知られているドラマー。彼も、昨今話題を集めるクリス・デイヴやケンドリック・スコットなどとともに、ヒップホップ的感覚を通過したジャズ・ドラマーのひとり。60年代のマイルス・デイヴィス・クインテットを2010年代に甦らせたかのような、初のソロ作『The Thought Of You』は、デリック・ホッジとの共同プロデュース。「You’re Still The One」は、シャナイア・トウェインの1997年の大ヒット曲だが、原曲は完全に一度解体され、新たな生命が吹き込まれている。その役割を果たすのは、アレンジ&ピアノを担当したロバート・グラスパーと、彼が共同プロデューサーを務めた『The Lost And Found』など、自らも素晴らしいソロ・アルバムを発表しているグレッチェン・パーラト。甘やかでソフトなメロウネス、それでいて鋭敏なセンシティヴィティーに溢れた彼女の歌声によって、この曲は第一級品のラヴ・ソングとなった。

13. Holding Onto You / Derrick Hodge feat. Alan Hampton
ロバート・グラスパー・エクスペリメントのベーシストとしてだけではなく、マックスウェルの音楽監督を務めたり、数々の作品にプロデューサーおよびプレイヤーとして参加したりするなど、幅広く活躍するジャズ界のキー・パーソンのひとり、デリック・ホッジ。彼が2013年に満を持してリリースした『Live Today』は、コモンにロバート・グラスパー、アーロン・パークス、クリス・デイヴやマーク・コレンバーグらのミュージシャンを適材適所に配置した傑作だった。「Holding Onto You」はその中で静かに存在感を放つ、SSW的な感触を宿すフォーキー・チューン。内省的なヴォーカルを披露しているのは、アラン・ハンプトン。グレッチェン・パーラトやクレア&ザ・リーズンズなどの作品にベーシストとして参加、エリマージの一員でもある。2014年には2枚目となるソロ作『Origami For The Fire』をリリース、ベッカ・スティーヴンスにも通じるようなチェンバー・ポップを聴かせている。その繊細でせつない歌声はリスナーの心のひだを濡らし、そして慰撫してくれる。NYの街角にひとりで佇んでいるような気分になる、彼が歌うケンドリック・スコット・オラクル『Conviction』中の「Serenity」も必聴だ。

14. Praise / Aaron Parks
アーロン・パークスはシアトル出身、ブラッド・メルドー以降を感じさせる叙情的なサウンドが持ち味のピアニスト。2013年にはECMからピアノ・ソロ・アルバム『Arborescence』をリリース。クラシカルなニュアンスも多分に含み、真夜中にひとり耳を傾けたい静謐な世界が広がっている名作だった。本曲は2008年の『Invisible Cinema』(素敵なタイトルだ)に収録。キース・ジャレットのアメリカン・カルテットを連想させる穏やかなナンバーだ。バックアップするのは、硬質なリリシズムがトレードマークのマイク・モレーノら。アルバムにはそのモレーノのギターが活躍する「Nemesis」や、透明感溢れるインタープレイが聴きどころの「Peaceful Warrior」など、2010年代ジャズはすでにここで準備されている、と思える演奏が並んでいる。

15. Maiden Voyage / Dianne Reeves with Geri Allen
1980年代前半、休眠状態にあったブルーノート・レーベルは、1985年から復活するが、その中で次代を担うアーティストとして売り出されたひとりがダイアン・リーヴスだ。ジェリ・アレンは80年代後半に台頭したムーヴメント、“M-Base”がきっかけで注目されたピアニスト。「処女航海」の邦題でもお馴染みの、ハービー・ハンコックによる叙情的な名曲のカヴァーは、抑制された中に、凛とした美しさが光る名演と言える。ヴォーカル入りということもあってか、ブラック・ジャズ・レーベルに残されたケリー・パターソンの名盤『Maiden Voyage』を思い起こさせるものが。何度目かの黄金期を迎えている現在のブルーノートは、ドン・ウォズが社長、イーライ・ウルフがA&Rを務め、アルフレッド・ライオンが「The Finest In Jazz Since 1939」の合言葉のもとに創立した当初の姿とは異なっているが、音楽ファンの信頼と注目を集めるレーベルであり続けている。

16. Time After Time / Cassandra Wilson
カサンドラ・ウィルソンのヴォーカルは、聴いた者を必ず惹きつける魔力を持っている。スモーキーでブルージー、そこに濃密なセンシュアリティーを宿したその歌声は、まさにワン・アンド・オンリーだ。1984年に大ヒットした、シンディ・ローパーの名ラヴ・ソングを、カサンドラは哀しみと情感、そして優しさを滲ませながら歌う。彼女の魅力が最大限に発揮された究極の名唱は、90年代以降のブルーノート音源で構成されたディスク3の幕を閉じるのにふさわしい。この曲が取り上げられたのは、マイルス・デイヴィスが1985年の『You’re Under Arrest』で演奏したことから。マイルス晩年の好バラード・プレイだった。カサンドラの1999年の傑作『Traveling Miles』は、マイルスにちなんだコンセプト・アルバムで、「Run The Voodoo Down」や「Someday My Prince Will Come」なども選ばれている。
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